弟に天使が降りてきてー

パリの最後の日、サクレクール寺院を廻って、お土産のお菓子を買いメトロ2に乗った。3人の子供がやけに弟にピッタリくっ付いたので、ノンノ
ンと大声での防止。一緒のまさみさんもノンノンというと、一番年上の少年が手を広げて、何も取らないのジェスチャー。で、直ぐに夫の側に行く
ので、夫に注意。弟のところに1.5メートル移動して戻ったら、弟の財布(小銭入れ)が、メトロの床に落ちた。電車の遠心力です〜と弟の足元に、
まるで紐でも付けてあったように戻って来た。で、私、やっぱり取ったじゃあないの、と、日本語で。メトロの車内で、気を付けてという具合で
心配して下さる老婦人に、merci。ありがとう。車内での1騒動。次の駅で下車して行ったと思われる3人のこども。
弟はスリって子供達とは、考えもしなかったでしょう。女房には、ぼんやりしているからよ! って叱られ、M1にメトロを乗り換えた。
まあ、珍道中といえば、ルーブルでは、下車するんじゃないの? と声かけたみさ子さんを車内に残して、我々4人は降り、戻って来ないみさ子さん
を隣駅のリボリまで行って見ると、迎えに誰か来るでしょうと、イスに座って待っていました。また、別の日に、私だけが乗ってしまい、次の電車に
乗って来てって、携帯電話を。みんな乗ってきまして無事合流。もう一件は、先にホテルに帰っているということで、弟夫婦と武藤さんを、カルー
ゼル・デュ・ルーブルから帰ってもらう。次の朝、チケットが無くなったので、買おうと、皆で何枚要るかということになって、昨夜は、メトロを乗
り間違えて、更には、一人で33ユーロの、違反金を払う羽目になっていたことを知りました。
いい勉強でした。切符を捨てたりしないで、持っていないとね。M1を乗らずに、M7にうっかり乗ってしまったそうな。事前の説明などは、役に立た
ないって、私も良く判りました。

行きしなの飛行機は、速度計に不具合が生じて、2時間遅れの出発。到着は、30分くらいの遅れ。ちょっと乱気流にあうも、支障なし。帰りは、
エアーショウがパリ市内であって、道の混雑が予想されますから、と、10分速めに迎えに来たドライバーさんは7年間日本にすんでいたという。
迎えの車のドライバーさんは2年間東京大学で学んだそう。どちらも日本語が上手。
帰りの飛行機の座席は、行きしなと同じ。パイロットの腕が良くて、乱気流に一度小さな揺れがあったが、30分程速く到着。

弟に天使が降りてきてくれた事に感謝。
人生において 全てはちょうどの事しか起こらない ー まさみさんの言葉から
Merci また

けん玉を持っているという少年
私より上手だったので、プレゼントした
けん玉を持っているという少年

カルーゼル・デユ・ルーブル での展覧会 終了

パリに滞在中は 晴天 晴天 晴天の続き。 梅雨の日本も晴れた日が続いていたそうで、自慢にはならない。 パリに久しぶりに訪問して、初めての弟夫婦や、前回行っていない夫と共に、いろんな名所へ。 ベルサイユ宮殿、エッフェル塔の276Mまで登り、そのあとセーヌ川のクルーズ。午後11時のエッフェル塔が光りのページェントをプレゼントしてくれ、 チケット売り場で、チケットを貰った、弟と武藤さんは、ダブルの感激。 午前中に乗るつもりだったらしい女の子二人が、使えなかったらごめんなさい、と言いつつ2枚のチケットを二人に下さった。使える? と チケット売り 場で聞くと、オーライの結果。 モナリザを見て、ミロのビーナスも見て、なんとクレイジーホースまで見たのです。 クレイジーホースは夫金城のまた行きたいね、が実現した。始めて見た時の感激はなかったみたいだが、光りと影の芸術。26年前の時には、 テイシャツの人など居なくて、もっと見せていただく人たちもおしゃれをしていた。その点は評価が低くなった。それに、おっぱいの位置が揃っていな くて、綺麗じゃー無い。影が隠してくれていない人がいる。 もっと揃えて欲しいところ。 凱旋門にも登る。エレベーターでね。オランジェリー美術館、オルセー美術館。オルセーではボナールの企画展。私の好きなボナールが沢山あって、感激。 ゴッホとゴーギャン、これも嬉しい。オルセー美術館のレストランで昼食を。 サラダと水。パンは付いてくるので、それでいい。クレイジーホースに行く日なので、夕食を早くするわ、と言った私は、重い荷物を武藤さんに持たせて、 ジョルジュ Ⅴのメトロを降りてから、レストランを探すのに苦労。ディナーには時間がかかるし、ショウが終了するまで、誰のお腹も持たない。もたない。 丁度クレイジーホースの隣に、イタリアンレストラン。我々は時間がないの、というと、ピザが速いわよと。ピザ3枚と水2本。5人でとても美味しいピザ に満足。おかげで、シャンパンと5種類のおつまみ付きのもの、おつまみも、シャンパンも残る。シャンパンはスーツケースにいれ今日届く荷物になった。 多田祐子のコーナーが一番と言ってくれる人が多い。11歳の女の子は二度来た。グルジアの彫刻家がやはり一番と言ってくれた。パリに画廊を持っている 人が、3点預かってくれたと、報告を受けた。小品のパステル画は40枚のうち20枚がコレクトされた。一人で5枚買った人、4枚の人、といった具合。 主に、アメリカからの観光客のご婦人方、と、日本からの観光のご夫妻。入場券を買い求めてのお買い上げ。その中のお一人は、3度に渡ってご来場。 トニーさんといって素敵なおしゃれをなさった方。 最終日の午後2時までは、サクレクール寺院とその周辺の散策。 本当によく歩きました。 昨夜ブログしたのですが、保存を押さずに、アップできませんでした。今朝あらためて、アップします。 愉しい楽しい日々を有難う御座いました。パリ在住のまさみさんにいろいろご案内をいただき、スムーズに 移動出来、より良い旅が出来ました。 ありがとうございました。merci

カルーゼル・デュ・ルーブルの広場
まさみさん 武藤さん みさ子さんと弟(夫婦) 金城
カルーゼル・デュ・ルーブルの広場
ノートルダム寺院の前 ここが中心ということで
ノートルダム寺院の前 ここが中心ということで
グルジアの彫刻家と2人の美しいお連れさん
グルジアの彫刻家と2人の美しいお連れさん
暖簾を持参
多田祐子のコーナーが一番と言ってくれた人が多い
暖簾を持参
ケン玉をプレゼントする
14歳の美少年
ケン玉をプレゼントする

ART Shopping START

ART shopping が始まった。
写真が重いのでなかなかアップ出来ない。
昨日は、オープニングに大勢の日本人との出会いがあった。
今日は各国の人々の流れを見ているだけで面白い。
11歳の少女にとても褒められ、アーティストのかたに褒められている。

写真がアップ出来ないのが、残念だ。
また何れ。

パリ行きが近づいてきました

CARROUSEL DU LOUVRE での SALON ART SHOPPING. が近づいてきました。準備に追われています。 私のスペースにお立ち寄りくださる方に、差し上げようと作った豆本、校正、見過ごしがあって、今、修正ペンのお世話になっている ところです。800部終了。 思い付いた時に見本版を作り続けていたのに、ハポンを、パポンに。それで出来上がってきました。 「ダイアナ」は校正で、なおりました。「ダアイナ」に長い間気付かずにいたのです。 パ の0と格闘しています。 展示作に添った短歌を載せ、仏訳文を入れました。仏訳は、シャンソン歌手の弾き語り 田中朗氏に監修をお願いしました。 この時期にパリに行かれる方は、ルーブル美術館の地下、カルーゼル・デュ・ルーブルを 訪ねてください。多田祐子がお待ちしております。 12日 はベルニサージュ 19:00〜22:00 13日 は 11:00〜 20:00 14日 は 11:00〜18:30 ジャパンウイークの時期と重なりました。大混雑が予想されます。 愉しいパリであります様に祈ります。

ART SHOPPING のポスター
ART SHOPPING のポスター
豆本の表紙
ダイアナ
豆本の表紙
裏表紙
指文字 いのり
裏表紙

À lettre (posé mémorandum) 33an avant

数日前に、探していたスケッチブックが見つかった。
そこで気が付いたことがあってブログする。フランスはパリに行き、チュルリー公園で「描いて」と、モデルになってくれた青年の似顔絵が、あったはず。と、探していたスケッチブックだ。それが、スケッチが2枚。一枚は覚えていたが、もう一枚うつむいた顔を描いたものがあった。フーン2枚描いたのね。モデルになってくれた人にはあげなかったんだ。きっと、くださいって言われなかったんだ。良かった?悪かった?まだ結論が出ない。

そして、覚えのない“書き置き"が、2ページ前にあって、誰?誰が書いたの?
しばらく考える。青い目のこの青年以外に思い当たらない。
ご近所のフランス語の読み書きができるご家族のところに、伺って、読んでいただいた。
内容は“白鳥のいるモンスーリ公園にご案内したいから、日時を決めましょうか” ということでした。私は、この筆談には全く記憶がない。おまけにフランス語が出来るわけではなく、いつの間に書かれたものかも判らない。今、ビックリしているところなのです。33年前の話をいたしました。
訳して下さってのは、Mme.SUKA et M.SUKA. Mme.SUKA(さん)の ご両親様と知り合いなのです。

来る6月、また、チュルリー公園には行きます。カルーゼル・デュ・ルーブルの隣りですから。京都の願成寺(東福寺 塔頭の一つ)に「明日会いましょ ここで」50号が阿保親王堂に収まっている。このチュルリー公園の印象を描いた作品だった。
5月の中旬には、京都の願成寺に参詣を予定している。私の画家生活の始まりが、阿保さんにあるので。

Je vous attenderais au( parc montsouris.....) carrousel de Louvre.
Salon art shopping・16e EDITION, 12 vernissage,
13-14 Juin 2015

Merci

チュルリー公園で
1982・5・25
チュルリー公園で
À lettre (posé mémorandum)33an avant
:3
À lettre (posé mémorandum)33an avant
1982・5・25
セーヌ川のほとり
1982・5・25
パリの私の部屋  1982・5・27
パリの私の部屋 1982・5・27

今年もカラーの花が咲きました

ゴールデンウイークの只中。パリのカルーゼル・デュ・ルーブルでの展覧会の準備に勤しんでいる。
出品作をカラーで載せて、短歌を添え、更に仏訳した文章を載せたミニサイズの(A7版)豆本を、手作りした。
これを上質紙で、作りたいと考えている。
仏訳は最終的には、シャンソン歌手の田中朗氏にお願いした。
詩心がどうしても必要だったので、ピアノの弾き語りライブが得意の田中さんに、向き合って、監修していただいた。
それまでの過程で、二人の方のお世話になった。短歌は仏訳には難しかったと思っている。日本からフランスへメールされて、日本に帰って来て、といった具合でお三人さんにお世話になったのです。
有難うございました。
せいぜい豆本をパリで配りたいと思っていますが、発注はまだなのです。

さて、「日本とイタリアの教育と美術」ー2016年日伊修好150周年を見据える 日本美術シエナ市収蔵記念展ーが15日から始まる。19日まで。シエナ市認定で、在イタリア日本国大使館後援の美術展で、一般社団法人 世界芸術文化交流会(WAC)主催。
私も監修者のピエールジャコモ・ペトリオーリ博士の要請に従って、収蔵の作品をお贈りした。
今回、イタリアには行かれず仕舞いの記念展だが、世界遺産のシエナ市には、2011年3月11日のあの大災害の後、ようやく描けるようになってきた頃の色彩が極めて淡い、作品をお贈りした。「 北山杉 」8号サイズである。
京都の山々に美しく生い茂っている杉の私なりの作品。

さて、我が家の雑草が生い茂る庭に、今年もカラーが咲いています。直植えのシンビジュームも沢山の花房を付けて咲いていました。もうお終いの花の様子をアップします。明日はジャーマンアイリスが咲きそうです。

双葉葵は、いつもより育ちました。京都の葵祭りにはお届けします。

虫が今年は少ない様子
虫が今年は少ない様子
直植えのシンビジューム
全部で7本の花房でした。
直植えのシンビジューム
双葉葵  葵の里親として育てています。
葵祭りには間に合うように送りますから。
双葉葵 葵の里親として育てています。

2000年のハンガリー共和国で YUKO TADA in HUNGARY.2000.

旧い写真を見つけた。2000年のハンガリー共和国訪問時のもの。このときのハンガリー訪問は3回目だったような気がする。初めは、友人との旅で、ウイーンの旅に付いてきたおまけであって、一日のウイーンからとウイーンへ帰る急ぎの旅。1997年であった。
2000年の訪問は2月で、ハンガリー共和国建国1000年祭に出品。国際議員連盟会長賞を受賞。そして、「らくだ」をハンガリー国立民俗博物館に寄贈・収蔵されたときである。日本・タイランド・オーストリア世界芸術大聖年祭が開催され、ウイーン市長賞、ウイーン芸術名誉市民、ウイーン宮廷芸術名誉会員の認定を受けた。
写真を見ると、両手の手首には、タイランドの守りの糸が。前年の11月にタイ王国を訪問。タイ国王室芸術勲章をいただいた、2回目の訪問。「もみじ」を献上。シリントン王女、パンサワリ殿下両殿下との式典があった。
だいぶ若い頃だから、どこからか文句が来るかも、と思いつつ。

YUKO TADA in HUNGARY
国際議員連盟会長賞の楯をいただいて、私。撮影小園ケイ子氏
YUKO TADA in HUNGARY

Heart art in ASUKA 2015 始まる

 奈良県立万葉文化館での展覧会が始まっている。桜に染まった奈良のあちらこちらの道々が目に浮かび、駆けつけたい思いにかられる。急な申し出に押され、「斑鳩」という10号サイズの作品を持っていって頂いた。
明日香村の飛鳥に万葉文化館はあるらしい。奈良はそう度々は訪問出来る距離にない。京都にはよく行くのだが。
1993年の夏、「国際平和美術展」第一回国内展が大阪で開催された時に、前々日から行き、奈良の橿原神宮あたり、畝傍、法隆寺などを貸し自転車に乗って、一人でだったが、とても愉しんだことがあった。「斑鳩」はその時の印象だが、古墳群も目にしたりしたので、暑い夏なのにもかかわらず、少し趣が違っている。
そして、臙脂色の絵の具がもはや無くなってしまい、廃色のこともあって、厚塗りが出来なかった。混色してみたが、美しい色は出せなかった。よく似た色といっても、気に入らなかったことを思い出す。
 その後も夫と吉野に行く途中で、橿原神宮を参詣したり、2012年7月にやはり橿原神宮を正式参拝している。行って参詣したいと思っている石上神社にはまだ行かれず仕舞い。山の辺の道を散策するには、お宿を取らないと。この時は京都にもどり、仁和寺に行ったのだった。
 そういえば、信貴山玉蔵院に御神酒のラベルを奉納させていただいた年の秋、紅葉がとても美しい頃にやはり山に登って参詣。ラベル画が御神酒の白い瓶に貼られて、お供えされているのを、見た時には、思わず あっ! っと驚いた。展示会はとうに過ぎていたから。2010年の秋。平城遷都1300年記念における御神酒奉納収蔵展であった。
 吉野に訪問した時期も桜が残っている頃で、西行庵の庭には1本の大きな桜の木があって、満開は過ぎていたが、風情ゆたかな庵 であった。また行きたい西行庵ではある。とても一人では行き着けない径無き径を、笹などを踏み分けつつ行ったのはもうどれほど前だったか、忘れてしまったのです。

万葉文化館、飛鳥寺に近くのようです。桜見物ついでにどうぞお出掛け下さい。月曜日はお休み。12日までです。

探し物は見つからず

赤い表紙の旧い小さなスケッチブックを探す。生憎と3時間かけて見つからず、諦める。代わりに、1982年の5月に、スケッチしたものが出てきた。パリに行った時のもの。ル・サロンに100号サイズの桜の絵を出展して入選したので、訪問した時のもの。2回目のフランス訪問だった。 このときに、大好きな「木村忠太」の絵、版画だったが、2枚買って帰った。セーヌ川の辺に有った忠太の専門店に毎日通った。で、チョットオマケしていただいて 2枚買えたことを覚えている。勿論今も壁に飾ってある。 その時のスケッチで、硬いペンで描いてあるので、気に入らずに、しまいこんであったもの。 たしか、チュルリー公園でも、スケッチしたが、それが見つからない。 京都の東福寺塔頭 願成寺は 阿保親王堂に奉納させていただいた、「チュルリー公園・明日あいましょここで」50号の 絵のために、探したかった。 奉納の絵を決めていただく時に、現ご住職の明石和尚さんが決めた絵が、「明日あいましょここで」であった。 あゝ 親王さまもパリに行きたかったのね! と、その時に感じ入ったので、今度久しぶりに行く前に、探したかった。 行くのは6月。その前に京都に行き、親王さまにご報告したいと思っている。 1200年も前におられたお方。第51代 平城天皇の皇子。天皇にはなれなかった。叔父の2人が、天皇に。子に、在原業平、行平の兄弟が、大江音人もいる。 まあ、とにかく今昔昔のスケッチから拾います。 そして阿保親王堂に奉納の絵をご紹介します。

セーヌ川で
セーヌ川で
いまならば、怒られるでしょうね
いまならば、怒られるでしょうね
ホテルではないかと思われる
ホテルではないかと思われる
チュルリー公園のイメージ
明日あいましょここで 50号 願成寺 親王堂
チュルリー公園のイメージ

日本とドイツ友交都市提携20周年記念「絆」展から

たった今、届いたトロフィーです。
昨年の展覧会は、ドイツと日本の2都市で巡回。
クリエイト・アイエムエス(株)さんから届きました。
ありがとう。

横綱富士に対して
トロフィー
横綱富士に対して
ドイツ語辞書を持っていない私
芸術大賞 とあります
ドイツ語辞書を持っていない私