この秋の展覧会のポスターが届きました
10月1日から12月27日までの高山市の「光ミュージアム」での展覧会のポスターが届きました。
今日は25日、水曜日。春雨です。春雨が少し吹き込む玄関に一枚飾りました。
第70回展です。大きい作品が主になりますが、お買い求めいただくために、小品をショプに展示していただけるように
これから制作致します。
およそ3ヶ月間。水曜日がお休みですが、12月2日の水曜日は星まつりで、開館しますそう。
遠いので早くお知らせいたします。
ご計画ください。
10月1日から12月27日までの高山市の「光ミュージアム」での展覧会のポスターが届きました。
今日は25日、水曜日。春雨です。春雨が少し吹き込む玄関に一枚飾りました。
第70回展です。大きい作品が主になりますが、お買い求めいただくために、小品をショプに展示していただけるように
これから制作致します。
およそ3ヶ月間。水曜日がお休みですが、12月2日の水曜日は星まつりで、開館しますそう。
遠いので早くお知らせいたします。
ご計画ください。
「かっぱ」の本、文献が3冊も届きました。知り合いの息子さんからの贈り物。
少し読んだけど、面白そう。
3月1日からの富士宮市行きには一冊持参しよう。
宮城谷昌光の「管仲」は持った。なんどもよんでいるので、どこで終わっても、どこから始まっても
いい。「晏子」は長すぎる。
かっぱの本もどうもどこから入っても良さそうなので、眠りにつく時間帯に読もうと思う。
オイルパステルとスケッチブックは今回は持たずに行こう。
「かっぱ」本 文献3冊若人から オーいお茶3本添へられてゐし
静岡県 富士宮市での展覧会が近づいている。今ご案内状のハガキを発送しています。豆冊子日記歌集の完成を待っての発送で少し遅れました。一緒にお届けを致します。なにしろ焦って作るので、訂正することが多々あり、捗りませんでした。ページの場所や一字の訂正をしなければ、と、思いつつ、紙が勿体無いということで、50部ほど印刷してしまったものを、手で手直しをしております。それが届いてしまった方は、お許しください。しかし、間違いがあるものですね。パーヘクト!を目指すのですが、なかなか辿り着けないものです。
その絵ハガキをアップしておきます。
また、まだまだ先なのですが、高山市の「光ミュージアム」でのご案内ハガキも届いておりますので、アップします。「光ミュージアム」の方はおよそ3ヶ月間です。どうぞお出かけいただけますように、今からご計画下さい。
3月27日〜29日の3日間ギャラリープラネットルージュ = 25rue Duvivier Paris ile de France. において開催される展覧会に、「逆髪」を出品したのです。評論家のミッシェル・ジョン氏がこの絵に付いて書きたいことがあるとのこと。どのようにお書きくださるのかとても楽しみなのです。
「蝉丸」という弟がいて、彼は琵琶を良く弾き、彼の琵琶の弟子で、身の回りの世話をしてくれる貴人がいたのですが、姉である逆髪さまにもおられたのでしょう。ともに、やんごとなきお方を親に持つ二人は、親許から引き離されるという時代の中で、盲目の蝉丸は、その名をトンネルなどの名前や、そのほかにも今に伝わるもの語りがあるのです。
「蝉丸トンネル」を通った時には、いささか興奮を覚えました。またいつの日か通ってみたいと思うのです。
「逆髪さま」の方の話はわたくしは、知りませんが、我が家の窓から見た八手の葉が、優しい目と口を持っていて、わたくしに話しかけられたのです。その体験を描きましたのが、小さな「逆髪さま」なのです。
アップしておきます。
ようやく「をんなの時間さまざま」54版が出来つつある。
今コピーして、綴じているのだが、隙間を利用しているのでなかなか捗らない。
それでもフォーマットができているので、気分は上々。が、しかし、誤字があって、やり直しを。それでさらに、ページを入れた箇所の位置がずれている。もう20部から60部はコピーしたので、紙がもったいなくて、そのまま綴じた。
もちろん誤字の方は訂正してある。人名なので。フランソワーズ・イカールさんのお名前。ワール ???で良かったっけ❓で、なんか変、と思いつつ先を急いでしまった。落ち着いてからやっぱりワーズ だわ。これは訂正しないと。と。
今回の豆冊子日記歌集は半分が夫金城の歌。最愛の夫金城が逝ってしまったので、ありのままに出てくるものを、歌にした。
お届けいたしますので、しばらくはお待ちください。ご常連の方々以外でお読みいただける方は、conntakutoのフォームへ、ご連絡ください。
夫金城が逝って今日が100日目。百か日。埋葬をしました。家族っていないので、自分一人のところを、遠く宮城県の北部から弟が来てくれ、重い骨壷を運んでくれました。黒塗りのお位牌は新しく、漆の匂いがあり、漆かぶれをするので、これも手伝ってもらいました。葬儀屋さんが届けてくださった箱のままにしてしまいそうなところを、なにか、風呂敷でもないの、という助言に、紫のそんな時のための小ぶりの風呂敷が2枚もあるのです。一枚は菊の御紋が入っています。もう一枚もやんごとなきお家柄の御紋が入っているものです。いずれも頂き物ですが、ちょうど良い出番でした。黒塗りお位牌と、お布施をお包みして、お寺さんの山門をくぐり、ご住職にご挨拶。時間前に参りましたので、控え室でお茶をいただき、乾く喉を潤しました。
祭壇の前には私の本名の金城祐子の名札で盛り花と果物の箱がある。偉そうな感じになる本名を見て、可笑しくもあった。
その昔、問わず語りで、名前を聞いてきたスポーツランドのお爺さん曰く、仕事をしているなら旧姓で行く方がいい。
本名の方はやんごとないものにして。そうしないと旦那さん、浮気するよ! と。
偉そうに見える本名を見て、改めて、昔、50年前のことを考えたことでした。免許証、パスポート、マイナンバーカード、そして、祭壇へのお供物。本名、金城祐子 でした。
タイトルを「をんなの時間さまざま」54 にしたのでしたが、前文が長過ぎましたので、次にいたしましょう。
暮れに依頼した額装ができているというので、鎌倉まで行ってきた。
家の壁に飾ろうと思ったが、重い。20号の絵を下ろして、掛け替えよう、そう思ったけれど無理。何だか腕の力が激減。夫の介護が無くなって、二ヶ月以上経つというのに、使わない腕が痛い。昨日は右だったのに今日は左腕.と移動する.また箱に収めて、諦めよう。
で、先に掲示した富士宮市向けの墨絵が違っていました。
直しておきました。
ここのところグータラの日々。額装が一つできてきたので、自分の身体にも*喝* を入れて、そろそろ仕事をしよう。
暮れから始めたラヂオ体操は、忘れていることが多くそれに足が跳べない。グラグラ状態。
今日あたりはだいぶマシになってきたが、忘れた箇所のところで、簡単な箇所を繰り返している。
捕まらないで跳べるようになってきている。めでたし!
今年は夫が逝ってしまい、残念な年ではあるが、涙を浮かべながら寝たきり状態のまま、生き延びて、頭の中かが、文字でいっぱいの金城をこれ以上見ていることも辛かった、からというわけでも無いが、最期は脳ではなくて、心臓あたりの動脈瘤の破裂で、この世を後にしました。ものも言えず、書くこともできずに、可哀想でしたから、我慢強い夫の
側で私はどうすればいいのかわからない状態でした。メモ魔の金城のノートを広げて、今も書くことができるなら、なんと書いただろう、と、更に気の毒になって、ノートを閉じるのでした。仕事の合間の私的時間のことが多いのでしたが、私は忘れていることをそれによって思い出すのでした。だから、いつも愛しているとか、大好きだからね、という他はもうあまり語りかけないことにした最期でした。目尻に涙を浮かべながらの日々。ありがとう、ありがとう、愛している、の他に何かあれば良かったのでしょうが、おもいつきませんでした。
49日も過ぎ、介護から離れた腕が痛いのです。使わなくなったせいでしょう。
遺影は思いっきりの笑顔の写真にしました。ちょっと若い頃の。出がけに、いってきます、帰宅のただいまも、その笑顔に向かって声をかけます。
さて、明日は大晦日。今日の昼間は友人が来たので、美味しい蕎麦屋さんで、年越しそばを奢らせました。
デザートは買ってきてくださったケーキ3個を2人でカットして、3個分の味を楽しみました。
夫のことをヒゲオジちゃんと呼ぶ人です。お線香をあげてくれました。ありがとうございました。
もうすぐそこまできている2026年。よろしくお願いいたします。
3月1日〜15日までの富士宮市 芸術空間あおき での展覧会に出す絵を少し掲示します。
第69回展 多田祐子 です。
富士宮市の青木平にあるあおきギャラリーに行ってきた。グループ展で私も8点出品している。今年の3月に第68回展をさせていただいた画廊。
来年の3月にも2週間予定していただいている。2階の部分を使わせていただくことになっている。で、下見も兼ねて行ってきた。初めてでは無いから知っている、ようだけど、改めて、どんなだったかを見てきた。
で、今回のグループ展。訪問くださった方が一点、お買い上げくださった。ありがたい。画廊主さんとおもわず ばんざーい❣️。お買い上げいただく瞬間に行き合わせるさいわい。何にも変え難いものがある。
そしてさらに、富士宮市の名物焼きそばを作ってくださったコレクターさん。お皿が緑で、クリスマスバージョンでした。
電車を乗り継ぎ乗り継ぎして行き、乗り継ぎ乗り継ぎして帰宅しました。
快晴の富士山を、撮影して帰宅しました。
「夕顔忌」32回忌を12月6日の土曜日に小田原市の傳肇寺 でんじょうじで執り行った。「天の夕顔」を残された中河与一の祥月命日は12月12日。12月のこの日に近い土曜日にしようという我々かっぱ村のみんなの意見。かっぱ村の初代村長であった。晩年のちょっと不幸な面を除いて、このかっぱ村をとても愛してくださった、そして楽しんでくださった作家。97歳という長寿をまっとうされた。97歳の夏に盛岡駅での新幹線乗り換えで夫金城は先生を負んぶした。
間に合いませんから、という私のいうことを聞き入れてくださった。金城は、啄木の歌のように、軽くて、びっくりしたそう。
その中河与一の祥月命日が来年33回忌である。我々かっぱ村の村民もずいぶんと減り、集まりも少人数である。
かっぱ村が50年続き夏に50年祭を開催した。
かっぱが現れないので、やめられずにいる、村である。
今現在は四代目村長の時代である。大丈夫続きます。