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そんなの時間さまざま54

ようやく「そんなの時間さまざま」54版が出来つつある。
今コピーして、閉じているのだが、隙間を利用しているのでなかなか捗らない。
それでもフォーマットができているので、気分は上々。が、しかし、誤字があって、やり直しを。それでさらに、ページを入れた箇所の位置がずれている。もう20部から60部はコピーしたので、紙がもったいなくて、そのまま綴じた。
もちろん誤字の方は訂正してある。人名なので。フランソワーズ・イカールさんのお名前。ワール ???で良かったっけ❓で、なんか変、と思いつつ先を急いでしまった。落ち着いてからやっぱりワーズ だわ。これは訂正しないと。と。
今回の豆冊子日記歌集は半分が夫金城の歌。最愛の夫金城が逝ってしまったので、ありのままに出てくるものを、歌にした。
お届けいたしますので、しばらくはお待ちください。ご常連の方々以外でお読みいただける方は、conntakutoのフォームへ、ご連絡ください。

をんなの時間さまざま 54版の表紙と裏表紙
をんなの時間さまざま 54版の表紙と裏表紙

をんなの時間さまざま  54版

夫金城が逝って今日が100日目。百か日。埋葬をしました。家族っていないので、自分一人のところを、遠く宮城県の北部から弟が来てくれ、重い骨壷を運んでくれました。黒塗りのお位牌は新しく、漆の匂いがあり、漆かぶれをするので、これも手伝ってもらいました。葬儀屋さんが届けてくださった箱のままにしてしまいそうなところを、なにか、風呂敷でもないの、という助言に、紫のそんな時のための小ぶりの風呂敷が2枚もあるのです。一枚は菊の御紋が入っています。もう一枚もやんごとなきお家柄の御紋が入っているものです。いずれも頂き物ですが、ちょうど良い出番でした。黒塗りお位牌と、お布施をお包みして、お寺さんの山門をくぐり、ご住職にご挨拶。時間前に参りましたので、控え室でお茶をいただき、乾く喉を潤しました。
祭壇の前には私の本名の金城祐子の名札で盛り花と果物の箱がある。偉そうな感じになる本名を見て、可笑しくもあった。
その昔、問わず語りで、名前を聞いてきたスポーツランドのお爺さん曰く、仕事をしているなら旧姓で行く方がいい。
本名の方はやんごとないものにして。そうしないと旦那さん、浮気するよ! と。
偉そうに見える本名を見て、改めて、昔、50年前のことを考えたことでした。免許証、パスポート、マイナンバーカード、そして、祭壇へのお供物。本名、金城祐子 でした。

タイトルを「をんなの時間さまざま」54 にしたのでしたが、前文が長過ぎましたので、次にいたしましょう。

墨絵をピックアップしてきた

暮れに依頼した額装ができているというので、鎌倉まで行ってきた。
家の壁に飾ろうと思ったが、重い。20号の絵を下ろして、掛け替えよう、そう思ったけれど無理。何だか腕の力が激減。夫の介護が無くなって、二ヶ月以上経つというのに、使わない腕が痛い。昨日は右だったのに今日は左腕.と移動する.また箱に収めて、諦めよう。
で、先に掲示した富士宮市向けの墨絵が違っていました。
直しておきました。
ここのところグータラの日々。額装が一つできてきたので、自分の身体にも*喝* を入れて、そろそろ仕事をしよう。
暮れから始めたラヂオ体操は、忘れていることが多くそれに足が跳べない。グラグラ状態。
今日あたりはだいぶマシになってきたが、忘れた箇所のところで、簡単な箇所を繰り返している。
捕まらないで跳べるようになってきている。めでたし!

今年 ありがとう

今年は夫が逝ってしまい、残念な年ではあるが、涙を浮かべながら寝たきり状態のまま、生き延びて、頭の中かが、文字でいっぱいの金城をこれ以上見ていることも辛かった、からというわけでも無いが、最期は脳ではなくて、心臓あたりの動脈瘤の破裂で、この世を後にしました。ものも言えず、書くこともできずに、可哀想でしたから、我慢強い夫の
側で私はどうすればいいのかわからない状態でした。メモ魔の金城のノートを広げて、今も書くことができるなら、なんと書いただろう、と、更に気の毒になって、ノートを閉じるのでした。仕事の合間の私的時間のことが多いのでしたが、私は忘れていることをそれによって思い出すのでした。だから、いつも愛しているとか、大好きだからね、という他はもうあまり語りかけないことにした最期でした。目尻に涙を浮かべながらの日々。ありがとう、ありがとう、愛している、の他に何かあれば良かったのでしょうが、おもいつきませんでした。
49日も過ぎ、介護から離れた腕が痛いのです。使わなくなったせいでしょう。
遺影は思いっきりの笑顔の写真にしました。ちょっと若い頃の。出がけに、いってきます、帰宅のただいまも、その笑顔に向かって声をかけます。

さて、明日は大晦日。今日の昼間は友人が来たので、美味しい蕎麦屋さんで、年越しそばを奢らせました。
デザートは買ってきてくださったケーキ3個を2人でカットして、3個分の味を楽しみました。
夫のことをヒゲオジちゃんと呼ぶ人です。お線香をあげてくれました。ありがとうございました。

もうすぐそこまできている2026年。よろしくお願いいたします。

3月1日〜15日までの富士宮市 芸術空間あおき での展覧会に出す絵を少し掲示します。
第69回展 多田祐子  です。

小夜 6号サイズ
小夜 6号サイズ
約やかな瞬間  6号
約やかな瞬間  6号
ある日の空  4号
ある日の空  4号
月夜の印象  15号
月夜の印象  15号
花がすみ  8号
花がすみ  8号
おどる豆  10号
おどる豆  10号
ロイヤルストリート  10号
ロイヤルストリート  10号
シミバリー20号相当
シミバリー20号相当

作家たちのクリスマス展

富士宮市の青木平にあるあおきギャラリーに行ってきた。グループ展で私も8点出品している。今年の3月に第68回展をさせていただいた画廊。
来年の3月にも2週間予定していただいている。2階の部分を使わせていただくことになっている。で、下見も兼ねて行ってきた。初めてでは無いから知っている、ようだけど、改めて、どんなだったかを見てきた。
で、今回のグループ展。訪問くださった方が一点、お買い上げくださった。ありがたい。画廊主さんとおもわず ばんざーい❣️。お買い上げいただく瞬間に行き合わせるさいわい。何にも変え難いものがある。
そしてさらに、富士宮市の名物焼きそばを作ってくださったコレクターさん。お皿が緑で、クリスマスバージョンでした。
電車を乗り継ぎ乗り継ぎして行き、乗り継ぎ乗り継ぎして帰宅しました。
快晴の富士山を、撮影して帰宅しました。

:8:00ごろの富士山
:8:00ごろの富士山
早朝の富士山
早朝の富士山
帰りがけの富士山
帰りがけの富士山
麗しの記録
麗しの記録
「わたし」を中心に 新作のオイルパステル画
「わたし」を中心に 新作のオイルパステル画
クリスマスバージョンの焼きそば
美味しいお味でした。
クリスマスバージョンの焼きそば

夕顔忌  

「夕顔忌」32回忌を12月6日の土曜日に小田原市の傳肇寺 でんじょうじで執り行った。「天の夕顔」を残された中河与一の祥月命日は12月12日。12月のこの日に近い土曜日にしようという我々かっぱ村のみんなの意見。かっぱ村の初代村長であった。晩年のちょっと不幸な面を除いて、このかっぱ村をとても愛してくださった、そして楽しんでくださった作家。97歳という長寿をまっとうされた。97歳の夏に盛岡駅での新幹線乗り換えで夫金城は先生を負んぶした。
間に合いませんから、という私のいうことを聞き入れてくださった。金城は、啄木の歌のように、軽くて、びっくりしたそう。
その中河与一の祥月命日が来年33回忌である。我々かっぱ村の村民もずいぶんと減り、集まりも少人数である。
かっぱ村が50年続き夏に50年祭を開催した。
かっぱが現れないので、やめられずにいる、村である。
今現在は四代目村長の時代である。大丈夫続きます。

毎年晴天の「夕顔忌」ではある
毎年晴天の「夕顔忌」ではある
助役の猿渡さんが花に水を足している  傳肇寺
助役の猿渡さんが花に水を足している  傳肇寺

作家たちのクリスマス・そしてお正月

12月1日〜15日 まで、富士宮市青木平の芸術空間あおき で上記の展覧会がはじまる。
12月2日は、主催者さんのお仕事の都合で休廊とのこと。ご注意されたし。
わたし自身は7日の日曜日の午後3時以降に行く予定を立てている。
旧作と新作8点を搬入してある。小品ばかり。 10人のグループ展で、存じ上げている人もいて、お会いできるかどうか楽しみである。
前回の個展の時に、手作りの手提げかばんを下さった方にはその後、何の連絡もしていなくて、今回はお会いできますように祈っている。
ご案内のお知らせ表と裏のハガキがメールで届いているが、掲示できない。できました。
ご案内いたします。

表面
表面
裏面  
裏面  
多田祐子の小品の飾り付け
多田祐子の小品の飾り付け

作品追加作業

ここんところ、油彩画に取りかかれないでいる。先日、富士宮市青木平のあおきギャラリーでの展覧会に出品するために、寸暇をぬって、額装の時間もあるから、なんとか6点の、小品_・オイルパステル画を部屋の片隅で作った。
今額装ができて来て、部屋の床に並べて、夫金城に語りかけつつ展覧会をしている。
額縁屋さんが二日早く仕上げてくださった。メモ魔の夫のメモから着想のものもあって、楽しんでいる。
月曜日には梱包して送らなければ。
それらの新作をホームページにアップする作業で、2010年に仙台市で作った作品、コラージュ・紙のものをアップしておこうと、サイズを測ったり、忙しい夜であった。いくつかオイルパステル画が混じっている。

ついでに、霜見月いろどり芸術大賞受賞のことも、付け加えた。

霜見月いろどり展

京橋の千疋屋ギャラリーでの展覧会・霜見月いろどり展に出かけて来た。
昨日。出品用の絵を貸して下さったコレクターさんと、八丁堀に住まいされる文筆家の友人をお誘いして。
土曜日の昼。人影もまばらな京橋。東京駅まで歩いて、次の目的地、西荻窪駅まで中央線に乗る。快速は西荻窪駅には停まらない。学生時代に吉祥寺東町に住んでいた時代は確か西荻窪駅には停車したから、時代の流れを味わう。
南口にあるお蕎麦屋さんで、昼の食事をする。あの時代にはなかったお蕎麦屋さん。
学生時代に中華屋さんでアルバイトして餃子の包み方を覚えた。余談だが、雑貨の問屋さんでもアルバイトして、おかげで、東京のあちこちをトラックの助手席から、見て覚えた。とてもお役にたっている。
さて、我らがかっぱ村の村民が蚕室というギャラリーで展覧会を開催していて、明日が最終日というので、三人で顔を出した。「四匹の狐」である。作家が笠間市に移り住み出会った「四匹の狐」の物語が中心の作品であった。
四匹の狐は仲良しで、それぞれの地で稲荷神社に祀られている。という。
お稲荷さんが大好きで、二日続けていただいた私は、近々お稲荷さまにお詣りしなければ、と、思い至った次第。

千疋屋ギャラリーでの「芝生で昼寝」10号サイズ  1989年作 クレルモン・フランスで
昔の作品で、発表したかしなかったか? といった作品
千疋屋ギャラリーでの「芝生で昼寝」10号サイズ  1989年作 クレルモン・フランスで
霜見月いろどり芸術大賞  でした
霜見月いろどり芸術大賞  でした
ギャラリー蚕室  お客様と作者左手
ギャラリー蚕室  お客様と作者左手
四匹の狐の内から
四匹の狐の内から

中秋の名月

中秋の名月は、なんとかお祈りができました。
たとえ雲に隠されていても、出ておいでになる月。
7時前の南どなりの家二軒の間からと、11時過ぎてからの上空にある月を撮影。
雲の様子は劇的な模様になる気配はなく、見え隠れ程度。それでも雲の流れは速い。

下北沢のスマートシップギャラリーでの「秋のアート展」が始まった。
2点出してある。夫の在宅介護で、今回は出かけられない、。夜になると熱を出す。吐く事はないが、アイスノンで凌いでいる。薬を飲んでもらうほどではない。

雲の様子と、ギャラリーの絵を展示します。

スマートシップギャラリーのグループ展「クレルモンの思い出」    
撮影*髙橋敏昭氏
スマートシップギャラリーのグループ展「クレルモンの思い出」    
18:30ごろの月
18:30ごろの月
23時過ぎの月
目と口を持った鼻が月の名月
23時過ぎの月