ブログ「素良の舌」

6月30日は友引でした。

 弟の一人娘の結婚式が6月30日に仙台市内であった。弟には4人の子があり、後は男。娘は3番目に生まれた。その姪のお祝いの日は当然、前後して実家に泊まった。
弟は家の玄関に紅白の祝い幕を張った。6m位だったかもしれない。私はもっともっと
長い紅白の幕が弟の心には張り巡らされていただろうと想像した。まことにめでたい
日日であった。あと3人息子がいるから、弟夫婦には合計で8人の子供がいることになる。来年、再来年そしてその次の年というふうに屹度“華燭の典”が続くことを祈って
いる。
 この友引の日に、大?タイムス社(宮城県大崎市)が私の21世紀世界美術館賞と
レフォルマ賞受賞のことを記事にして発表してくださった。2面に大きく。
大?タイムス社の新聞は7月5日に我が家に届き、2つとも写真掲載であったから、そこはかとなく嬉しさが湧いてくる。記事は、私の報告から、きちんと賞を与えたアートジャーナル社に取材をしていて、私が知らないことが加筆されていて、重みのある
賞であることが判った。そして、この日の新聞は大?タイムス社創刊60周年の記念式典や懇親会、ジェームス三木氏の記念講演が24日にあったことを載せている。
 ここで 大?タイムス社さんの60周年を、せめて言葉でお祝いを申し上げたい。
“「グローカル」な視点でさらに躍進を目指す” との代表のご挨拶に感銘しつつ
還暦をお祝い申し上げます。おめでとうございます。

after beautiful play Piano

7月3日。昨日のこと。
サロン小坂での展覧会でお世話になった小坂さんのご友人夫妻が小坂さんと共に訪ねてくださった。同窓会があって、アメリカでご活躍のお二人はたまたま日本にご滞在中。
ご主人はピーターさんといってアメリカの方。Jazzのピアニストというご職業。
奥さんのご職業はアメリカ各地で活躍されるスタイリスト。ヘヤー、メークアップ、
マニキュアなど兎に角、make-up & Grooming 全般。
 で、絵が見たいとおっしゃって来てくださった。旅の空、の途中。
お二人で好きな絵をお選びになり、一枚お買い上げ頂いたのだが、なんと、それは
ものすごく素敵なピアノの演奏を聴いた後急いで帰って、紙とエンピツを用いて
ドローイングしたものでお気に入りのため、非売品だった。それがJAZZピアニストの
ピーターさんの目にとまり、勿論なにも説明はしていないのに、なにか、旋律を感じる、ということで、とてもお気にいられたご様子。奥さんが初めに決めようとしたものではなく、ドローイングがいいとおしゃるので他ならぬピアニストの方にお買い上げ頂いた。紙 紙 紙 エンピツ エンピツ エンピツ といってB4のエンピツで
表現した19年ほども前のドローイングだった。
まだ題名がなかったので after beautiful play Piano  とした。
ピアニストは 葉山のレストラン経営者でもある 三嶽さんだった。お名前の方は
はっきりしない。バレンタインというお店で聴いた。英語での表現がうまくいっていないかもしれないが、感動ものの演奏だったのです。
 海を渡ってのお持ち帰りに”ありがとうございました”。

母校で32年前の絵と再会 7月1日のこと

 日曜日。幸運なことに、私は実家にいた。弟に用事のあった人が帰り際にこれから小学校に行くというので、私にとっての母校に書類を届けていただいた。書類というのはwebsiteのアドレスや新たに拵えた名刺(エルミタージュ美術館作品収蔵の文字を入れたもの)を校長先生にお届けしたかった。するとすぐに連絡があって、午後1時過ぎに
学校訪問が実現して、校長室に案内いただくやいなや、左手の壁に私の絵があるではないか。昔の小学校が高台にあった頃のもので、石段を描いた冬景色。何処に行ったものか思い出せずに気にかけていた一枚。32年前の絵がそこにあった。
 もう10年ほど前になるが、佐藤勝治さんという知人のお世話で120号の絵を小学校の
玄関に飾らせていただいた。その絵は「芽吹き」という題名で、5月にレフォルマ賞に輝いたので、そのことはすぐにご報告してあった。レフォルマ賞とは、革新性のある絵にたいして与えられた。メキシコの女流画家フリーダ・カーロ生誕100周年を記念して
(株)アートジャーナル社が設けた賞であった。
 小学校に行くと、その賞状はカラーコピーなのだがちゃんと額装され、絵の脇に飾られてあり、その事を掲載してある絵画雑誌も絵の前に置かれてあった。
 久しぶりに会う”芽吹き”は雑誌で見るよりも断然良かった。
 まあこの日の午後はPTAのバレーボール大会が開催されており、校長先生はご挨拶を終え、そろそろと校長室に向かって来られた時、私も”芽吹き”の撮影など終えて、もういいかいと進み始めたから校長室の前で、鈴木安子校長と出くわした形でのご挨拶。
すぐに教頭先生、PTA会長も来てくださって、そして32年前の絵がそこにあった。
 PTA会長の三浦健さんはサイン・”ゆうこ”からわたしに間違いないと思われてこられたそうな。10号サイズでいずれ額縁を取り替えたいと考えている。

ダイアナ に寄せて

アルマ橋ダイアナ沈めさびしかり遠くのぞめるエッフェル塔も

1997年のフランスにおける日本年記念で南仏のミヨー市で”日仏芸術と音楽の祭典”が
ありフランスに行った。時期を同じくしてアートネットアカデミーヨーロッパ巡回展が、オーストリアのウイーン郊外であり、早めにパリに行き、ウイーンに向かったが
パリーではダイアナがアルマ橋で事故にあい、亡くなられたばかり。私もアルマ橋に
弔問の心で佇んだ。あれから10年がすぎた。今年ワインのラベルコンクールのような
ものが、ジャンヌ・ダルクの日に行われ、「ダイアナ」という絵を出展。シャンゼリゼ
芸術ワイン大賞をいただいた。賞状にはパリに新たな仏日の友好をもたらすべく高尚
な芸術を発表した、とある。絵は”エンドレス・ラブ”という副題があるのだが右サイド
の色は事故の深刻さを表現した。アルマ橋の悲しみである。赤はラブそのもの。
美しいダイアナを失ったのだ。
もうすぐ暑い夏。夏はダイアナの事故を思い出させる。

上賀茂のみ社に引くみくじには萬の願ひ叶ふとありし /祐子

今もこの内容のお神籤はなくさないように大事にしている。あれからも上賀茂神社を訪れることが
あって、ありがたいことに一人の宮司さんに顔色を読まれ、何か?と問われました。エルミタージュ美術館収蔵の後のことで、このことの報告ができたのです。多分普通は宮司さんに階段の
途中で報告する、などということはないのでは。
 うるはしき神のみさとしあるからは萬の願ひ叶ふとぞ知れ   
というお神籤だったのです。そのときはあまりのラッキーに驚きました。
一宮の上賀茂で1番みくじをひきしかも、大吉だったのです。
神社のどこかに結び付けて帰った方が良いかと、社務所の方に問いました。
持ち帰ってくじけそうになったときには開いてみてお力を戴いてください。
という返事でした。
あれから2年半ほどが過ぎました。今も無事に”進歩”している?  かしら?

所感

 2007年、H19年はおよそその半分がすぎようとしている。 
 今年はこれからの展覧会や出品、その他の行事に加えて、京都は嵐山に再建される
”角倉了以”を祀る寺院に奉納する絵の完成を目指す。
 京都の寺院への奉納は阿保親王堂(願成寺・東福寺塔頭)以来。文化を手堅く守護して隔世に渡り伝えくれる王室や皇室、寺院、美術館に収蔵され、または荘厳としていただくことで、私の分身というべき絵画に”1000年の夢”を見続けさせることが出来る。
日々精進したい。日々の精進はひたすら創作だけに向けられておるから、連れ合いには誠に身勝手極まりない仕儀である。
 さて、タイ王国には既に10点近くの絵が渡っている。16年前(’91年6月)にペルーのリマ美術館に入り、続いて’94年4月に上海美術館に、そして昨年エルミタージュ美術館に収蔵された。小品だが、ハンガリー共和国の国立民族学博物館にも寄贈のチャンスがあった。2000年2月のことで、これらすべてのことはおそらく”ご縁”があってのこと。
 京都の阿保親王堂への一件も、これからの角倉了以のお寺にしても戴いたご縁を大切にして進めていかねば。感謝。

クロスロード展

上記展覧会に出品する。チャリテイ展だ。6月19日〜24日まで。静岡市の
静岡アートギャラリーにて。出品作は「白昼夢」30号。
日本盲導犬協会&「第7回国際アビリンピック」に収益の一部が寄付される。

6月6日

汽車の旅となりあわせてこの6日31度の結婚記念日

今日は31年前に、葉山マリーナで結婚式をしたのです。朝禊ぎのように大雨が降りましたが、カラッと晴れ上がった良い一日でした。
 中河与一、大浜英子さんにお仲人をお願いしたのですが、勿論お二人とももうずーっと天界にお住まい。
あの頃3歳半の姪が今やはり3歳半の娘をそだてている。おまけに2ヶ月の息子を抱えて。
31年は短くもあり、ながくもあり、ですね。

6月4日

今年は沢山咲いたカラーが終わり、あじさいが 咲いています。我が家の庭は草が
いっぱいでそよ風に揺れています。

等々ホームページができました。

5月の小坂サロンでの展覧会が終わり、梅雨に入りそうなので、例年の夫の会社の経理に入りたいと考えております。。一番苦手な分野の仕事です。いつも時間がかかります。
終えましたら、いよいよ9月の展覧会に向けての制作に拍車をかけます。

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