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手作り豆歌集「をんなの時間さまざま」のNo.39

手作り豆歌集を作り始めて今No.39 に取りかかり始め、ホチキスで閉じているところ。
少しコピー機でコピーしたが、昨日から紙詰まりを起こす。雨の日が多く、今日も台風の影響で雨。
新しく紙を出そうかとも思うが、きっと湿気ってしまう。
コピー機も古いので紙送りの部分が取り替え期なのかもしれない。
月曜日を待ってコピー機屋さんに連絡しよう。
表紙を夫の車椅子姿にした。ほとんど具象画を描かないので、このくらいで良しにしていただこう。

ちからなく膝上に置く右腕と握りし指を描いておくなり

この歌は次の歌集に載ります

「移動」 金城の車椅子    裏表紙 自画像「紅涙」
「移動」 金城の車椅子    裏表紙 自画像「紅涙」

ART BLEND

スイスのローザンヌ,Gallery Art Space で開催された「ART BLEND」は,コロナの影響で初めの開催時期を変更して行われた。
8月下旬から9月11日までの3会期に別けられての開催。私は3会期だったことが送られて来た写真によって判る。ご来場者のかたがたの服装が
長袖になっている。
送られて来たQRコードを読み込んで詳細を知ろうというのだが、あいにくとここの映像には私の「木花之佐久夜毘売命」である「老松」が
かすってもいなかった。実にお地味な作品であったから、仕方が無いが、富士山だと言うことが判る絵なので、少し高く展示してほしいところであった。富士山の絵のお隣が裸婦で、こちらの方が高々という展示のしかた。残念である。富士山は神さまということを教えて上げなければ。老婆心大盛りの多田祐子。
そのローザンヌの展覧会から、写真を掲示します。

多田祐子の「木花之佐久夜毘売命」である「老松」
多田祐子の「木花之佐久夜毘売命」である「老松」
ギャラリーのオーナーのご挨拶文
ギャラリーのオーナーのご挨拶文
上記の訳文
上記の訳文

名月

10月1日の夜、東の空に大きな月が昇ってきた。仲秋の名月は雲も無い大空を一つで渡って、やがて夜の11時頃には南の高い空に輝いている。薄の生け花は出来なかったが、お団子をお供えし、ゆで玉子を13個、名月の雫を集められるように表にセットした。
薄はあるのだが、刈り払い機で2度刈り、活けるほどもない。庭に玉すだれが咲いているので、活けようかと思っている内に、玉子を買いに行き、ゆで玉子を作っていて忘れてしまい、夜遅くになってしまった。
名月の雫を玉子に集めるという風流は京都のお師匠さんから教わった。仙台市での展覧会に京都から来られ、一緒に従弟夫婦の別荘に泊まりがけで駆けつけてくださった時に。「何のお師匠」さんということは格別決められないものがあって、人生の諸々というしかない。

10月29日が十三夜。旧暦の9月13日。この日まで玉すだれは咲いていないだろうが、また何か咲いてくれよう。

十五夜の夜に、手作り豆冊子「をんなの時間さまざま39」をまとめた。
やがて皆さんのところにお届けしたい。

南東の空ゆく名月
南東の空ゆく名月
お団子・お皿は多田祐子の絵皿/九谷焼
お団子・お皿は多田祐子の絵皿/九谷焼

アート・シードル

昨日の昼、アート・シードルラベルボトルが届いた。モネ生誕180周年記念企画〜光の画家に捧げる世界初の
アート・シードル誕生!〜
と、うたっている。
パリのラベル美術館にラベルが収蔵されるということで、先の収蔵作品『うさぎ=月』があるので、
連絡をいただき、推挙されているというので、どうしたものかと思案したものの、応じたもの。
『うさぎ=月』は日本酒だったと思う。今回はシードル。
モネはジベル二ーの庭園にリンゴを栽培していたそうで、大のシードル好きだったそう。
私の絵は『海辺の調べ』。モネの絵は有名な『印象・日の出』、代表作品であった。

アルコール度数約3%が、モネのシードル。
日本人アーティストによる作品ラベルを貼ったアート・シードルは5.5%のブリュット、を制作した
とある。

多田祐子のウェブサイトを管理してくださっているMr. F がアップデートしてくださったというので
早速昨日の件をアップします。今しがた撮影しましたもの。

シードルの箱と二本のボトル
シードルの箱と二本のボトル
左 モネの『印象・日の出』 右 多田祐子『海辺の調べ』
左 モネの『印象・日の出』 右 多田祐子『海辺の調べ』

2008年の晩夏

ある写真を探すのが目的であるはずが、横道に逸れた。 2008年の8月から、11月24日まで開催していただいた九州の田川市での展覧会の写真が沢山出て来た。21日から始めてくださったto.ko.po.la は実に4ヶ月間という長期間にわたって、展示くださった。 Yuko Tada Exhibition という垂れ幕の準備までしてくださったのだが、なんだかニューヨークにでも来たかと思ったことを思い出す。金色に輝く垂れ幕に夕陽が当たって、なんとも面映かったこと。 ニューヨークで出会った なかずみきよみ さんが、毎年田川市美術館で、教室の子供達の展覧会を開催しておられるのだが、隣に多田祐子の絵があったらいいなあー、と、妄想してくださったことから、実現したのであった。 富士宮市のコレクターさんから大型の車を借りて、夫金城に運転してもらい、途中京都の南辺りで、藤原さんをピックアップ。藤原さんはその当時は青年海外協力隊員で、うまい具合に帰国。京都に帰国してもらい、田川市美術館での展示作業を手伝ってもらった。 金城の借家を使っていて、展示後葉山に帰ったのだが、田川市美術館では高所の作業をはじめ、たくさんの作品をいとも簡単に飾ってくださった。今思うと、金城と藤原さんがいなかったらとても出来なかったことである。 佐倉市のコレクターさんのお嬢さんにも一緒に行っていただいて、手伝ってもらった。地元の方々3人さんも、駆けつけてくださったので、どうにかへこたれずにできたが、冷や汗ものであった。 田川市美術館では一週間で終了。to.ko.po.la では、途中掛け替えをして、出来るだけ多くの作品の展示をした。掛け替えは、なかずみきよみさんと彼女の友人に頼んでの展示。 大型の車をお返しする為に、飾り切れない大型作品を積んで、一路富士宮市に。 富士宮市では、コレクターさんからのご協力と、蔵をお持ちの文房具屋・Riheiさんのお力添えで、持ち帰った作品の展示会が始まった。田川市への行き掛けには、その富士宮市でもう一つの会場に飾って出かけた。『甘味処ぷくいち』というお店であった。 なんとも贅沢な一年であったろう。 ここでは田川市美術館での展示を掲示します。   詳しくは、このブログのP.66P.67にあります。念のため

田川市美術館の看板
なかずみきよみさんのご協力
田川市美術館の看板
田川市美術館での展示
田川市美術館での展示
展示品 とご来場者
展示品 とご来場者
展示品とご来場者 右から二人目がなかずみきよみさん
展示品とご来場者 右から二人目がなかずみきよみさん
反対側展示品
反対側展示品
「装う」と「揄雨」
「装う」と「揄雨」
「ダイアナ」(真ん中)と「ブエノスアイレス」
「ダイアナ」(真ん中)と「ブエノスアイレス」

展覧会の報告

第64回目の個展が終了した。コロナ禍と猛暑日の連日。不要不急の外出に当たるので、ご来場の人数がこれまでのどの展覧会よりも少なく、展覧会の数と同じ64名さま。
いつもはそれほど気にせず数えたりはしなかったが、4名さまという日があったりして、次ページを準備して置いても、その次ページは不用に終わった。

お子さまと共に見てくださった方がおられ、最終日にも覗いてくださって、「歌」の一つをとても感動なさったということを伝えてくださった。褒めていただいた。
また「アインシュタイン」の絵の何処がアインシュタインなのか?気になるというので、秘中の秘なのを解説して差し上げたが、きっと今頃は大笑いして居られよう。それほど簡単なことなので秘中の秘。会場でもう一人か2人の人に教えたが、訊かれないままに、難しく思って居られる人ばかり。

表の看板を見てのご来場者の中に、お互いの知り合いが居て、これも面白く、46〜7年ぶりによろしくお伝えを、とお願いした。
2作品を寝室に飾ってあって、ゆくゆくは金城ミュージアム入を予定している。そのこともお伝えくださいと。90歳を越して居られてお元気とのこと。
看板の『ハワイイ大学収蔵』を見てこられた方もおられ、きっとハワイイ大学にゆかりの方でしょう。
迫桜高校(宮城県栗原市)の同窓会東京支部のお世話役の方が来られ、写真に収めてくださって、同窓会本部の事務局長さん宛に郵便で報告してくださった模様で感謝して居る。
有り難い。

お買い上げは、2011年の3.11で家を津波で失ったという人が、家を新しくお建てになったという人に贈る、小学校と大学が一緒の同窓生、かっぱの仲間のコレクターさんが2人、そして新しい方がお一人。計4点でした。
作品掲示もれのものたちと認定証。

では迫桜高校の同窓会のお世話役の皆川さんとの写真を掲示します。

ハッポースチロールに糸の作品
星たち
ハッポースチロールに糸の作品
0号サイズ2点
0号サイズ2点
平成26年とある
ロシア芸術協会からの認定証
平成26年とある
9月1日 迫桜高校同窓会のお世話役・皆川氏と
レキシントン通り(右側)20号サイズ
9月1日 迫桜高校同窓会のお世話役・皆川氏と

展覧会のご案内

21日昼前、下北沢の画廊に。
2人のお嬢さんたちは学校に13;30までには行かないとと。その前に家によって、制服に着替えねば、と。
朝ご飯を無理に起こし目玉焼きとサラダに生ハムを加え、急ぎ腹ごしらえ。
寝るのはなにやら3時を過ぎている。ダンスの批評会のために優秀なダンスを見て、発言の準備に勤しんでいる。
前の晩はやはり4時頃になってようやく電気が消えた。1泊目は遅い朝ご飯で済んだが、鎌倉にいくというお二人さんを海岸通りで
逗子駅に送り、私は展覧会の準備を。

20日の夜の花火は買えなかったが、シャボン玉遊びの前は、ダンスを見せて貰って、歌声も聞かせて貰う。

さて、それからダンス大会の優秀作品をアプリケーションでみて、そこからが、彼女たち大変。寝ようにも、寝られないらしい。
私はベッドに。

彼女たちが選んだ電車に乗るために、私は鬼になって起こすしか無い。
食欲がわかないらしいが、サラダパプリカのサラダ、目玉焼き等昨日と同じものだが、とにかく食べて、荷造り。
慌ただしくも、時間の余裕通りに駅に到着。

混んでいない電車は快適。3人とも同じ井の頭線。渋谷駅ホームで記念撮影。

私は画廊の担当者Sさんが良く飾り付けをしていてくれたので、コロナ対策についての注意事項などを説明受け、小半時で再び暑い暑い外に。

展示の模様をアップします。

渋谷駅ホームで記念撮影。
 今年はマスクの年
渋谷駅ホームで記念撮影。
逆髪
逆髪
ちぎり絵4点
ちぎり絵4点

続き

オイルパステル画小品
オイルパステル画小品
オイルパステル画
オイルパステル画

その3

油彩画5点
油彩画5点
アインシュタインと小品
アインシュタインと小品
墨絵7点
墨絵7点

夏休み

とても愉しい夏休みを過ごした。異例の今夏。とにかく新型コロナウイルス拡大が止まらず、学校に通う子供たちの夏休みが短い。
私は夫金城を施設に預かっていただいている。嚥下の訓練も兼ねていて、私が口から食べさせて、ウッカリ誤嚥性肺炎を引き起こさないとも限らず、
訓練中。コロナ禍で、施設を訪問しても、会えない。用事を持って、玄関で熱を測り、記帳して帰るが、リハビリで玄関先にうまく来ている、
というわけに行かない。会えないというのは辛い。多分元気にしていると思うしかない。

さて、短い夏休みを利用して、姪の娘が友だちを連れて泊まりに来てくれた。二人とも、ピップホップ、そしてダンスを得意としている。
片付いていない広くもない居間で、踊って貰った。私はiPad で録画。夫に見せてあげられるのは9月7日以降。
大きな声で歌ってっていうリクエスト。都会とは違って、お隣には迷惑にならない。中学3年生の時に見せて貰ったヒップホップの “カモンベイビーアメリカ”
をリクエスト。スマホから流れる音楽に合わせて何曲か踊って貰った。うんとこさ愉しい夜。
食事は、沖縄の牛肉を塩胡椒でさっと熱を加え、大根おろしで食べる私の好きな食べ方。そしてサラダ、絹豆腐と味噌汁。ご飯少々。

食事の後は花火。その前にシャボン玉遊びを30分程。暗い方がシャボン玉がきれい、なそうで、大小の無数のシャボン玉が風に流れて行く様を眺めて彼女たちが
歌う歌声を聞いている。小さくなくて大きな声で歌いなさいとリクエスト。

花火の途中で大きな犬の散歩。犬好きの二人は花火を止めて5分程犬をかまう。犬好きを知って犬の方も腰にすりすり。昼間の暑さが半端じゅあないから夜のお散歩。
明日の分は明日コンビニで買おう、と全部終了。

しかし、今年は花火売っていないのです。コンビニ全部探しませんが、大きなスーパーで聞きましたら今年はないそうです。2夜連続は成りませんでした。
シャボン玉遊びは続きました。そして、部屋の中では無く、駐車場を広くして、ダンスパーティ。暗い庭で。

途中で、真中ちゃんが空を見上げて、あー星がキレイ!昨日よりもよく見える、と。そういう田舎、山に住んでいます。

愉しい楽しい夏の夜。掲示します

まなか
まなか
かりん
かりん