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今年最後の作品を作っています

2019年は怠けたわけではないけれど、作品が極端に少ない。毎日夫の居る施設に通ったというのは
理由にならない。ただ、作品を創る気にならなかった。
この12月中旬に薄氷に気付かずに転んでしまって、肋骨を傷め、毎日湿布薬を貼って治している。
もうだいぶ良くなっていて、今夜が令和元年の限りの日、というのでちょっとは描こう!
と、早めに令和元年の限りの夕飯を摂って、10号サイズの紙を広げた。
今描きつつあるの。その中の何枚かをアップします。
完成していないものもあります。つまり途中のもの。アッ、イヤイヤ全て未完成です。
題名は決まっているものがあります。

それから今朝の歌を掲示して令和元年の限りの日を終わりたいと思います。
令和2年も宜しくお願いします。皆さま良いお年をお迎えください。

柿なます作りつつあり自らに 令和元年限りの朝を
友からのずんだ餅そへ昼餉をす お墓神社と参りしのちに

カニ尽くし
カニ尽くし
逃げろ  逃げろ
逃げろ 逃げろ
まだ題名無し
まだ題名無し
私の乗り物  走れ 走れ
私の乗り物 走れ 走れ

戦後75年企画 平和の祈り芸術展 2019

上記の展覧会の開催報告書が届いた。首里城公園内の杜館での予定が思わぬ首里城の火災で、急遽場所を
国際空港内、そして県図書館に移しての開催であった。スタッフの皆さんは、3カ所、そして、空港は真夜中の展示
作業だった模様。とにかくキャンセル無しで開催されたことはこの上ない幸いでした。
令和元年も後残すところ6日。何か忙しい気分だが、せっかくのご報告。
油絵は、「西行」20号サイズを出品。請われて短歌作品も出品した。
その短歌作品を掲示します。

パネルでの展示。
我が家に咲く小さな花を歌いました
パネルでの展示。

仕事をしてきました

夫を施設の人達にお願いして仕事をしてきました。一週間の集中作業。ホテルの一室にこもって。新宿バスタから高速バスの旅。 ホテルのオーナー夫妻、その女将の和室も額が好いわね、の声に、掛け軸を外して私の作品を掛けていただくことになったが、突然の夫の病で中断。 気になりだした私は、夫の固い握手に送られて、今年のケジメにしたいと出掛けてきました。 たくさんの作品を作るには墨しかないと、にかわを煮て瓶に詰め、予備に市販のニカワも持参。 さいわいに母方の祖父が書家で南画家、ということがあって、祖父の力を借りることに。 筆は手作り。厚紙のスケッチブックを6号サイズ1冊と10号サイズ2冊、オイルパステル画用1冊。 途中でワンフロアーが17室、というので、ワンフロアー毎のイメージにしようと。と、と、と、紙が足りない。急遽、名古屋に出張中の常務にメール。 運良く、10号サイズのスケッチブックを2冊買ってきて戴くことが出来、失敗も許される! と、安心。一期一会。が大事だから失敗は無い! でも、六号サイズで既に2枚気に入らないものがあって、こちらは18枚綴りのスケッチブック。このサイズで、17枚ということで、2枚の内1枚をなんとか様に。 持参の金粉も無くなりかけ。オーナーにこのほうも解決して戴く。ホテルに51枚+2+1枚(おまけ)?。ついでにあまった墨を購入戴いた紙に地塗り。これが23枚。 部屋中に広げ、乾かし、サインして印形。愉しいことこの上ない。掃除タイムに片付けていたら、最後はオーナーがこのままで好いと。そのままにしてオーナー夫妻 とドライブ&昼食。温泉に浸かり、月を眺めて、美味しい物をいただき、一気にたくさんの作品を手掛け、夫には土産話がどっさりの令和元年でした。 (一度もっと好い文章を綴ったのでしたが、保存の前にログアウトしてしまい、戻りませんでした。なんだか短くなっています) 部屋のようすをアップしておきます。全て私用の作品まえの未完成です。

作品前
作品前
作品前
作品前
作品前
作品前
作品前
まだあるのですが
作品前

「夕顔忌」

今日は小田原市城山の伝肇寺に。作家中河与一の「夕顔忌」をかっぱ村民の有志で。中河与一はかっぱ村の初代村長。2代目村長、やはり作家の大野芳を先頭に
墓参。2代目村長が44年前にかっぱ村を始めるにあたり、中河与一を村長に据えた。そのかっぱ村は来年45年目を迎える。
多く鬼籍入りした先生方がいる。医師、病院長、寺院のご住職、議員さん(国会やら県議やら)。今年に入って師走を迎え、知らされないままに、喪中のお知らせがあり知ることになった村民もいる。
長いこと、事務局を預かっているが、閑かにサヨナラをする村民が多い。なかには4年前にとか、3年前にとか云ってご家族から死亡のお知らせがある。
かっぱ、ってそういうところが奥ゆかしい(?)。たぶん背中の甲羅やら、頭のお皿がすっかり乾いた頃まで、静にしているんだろうね。

来年は祥月命日が土曜日にあたる。12月12日という命日。「ロマン」と「浪漫」の中河与一。「歌」はいづれも際だって美しい。
ベストセラーの「天の夕顔」はあまりにも売れたので、痛い目を味わはされた作家中河与一の「夕顔忌」。
画家になりたかった先生中河与一。私の絵がペルーのリマ美術館に収蔵された時には自分の事のように喜んでくださった。大変なこと、と言って。
今私はエルミタージュ美術館やシエナ市美術館、バチカンなどにも収蔵されている。もちろん墓前にご報告している。「歌」も励んでいると。
今朝の雨は禊ぎであって、法要前には上がっていた。

「夕顔忌」冬の一日雨上がり花買いのぼる夕顔の寺

アートな絵皿展

あいにくの雨です。初日の今日下北沢駅近くにあるスマートシップギャラリーで始まった
アートな絵皿展に来ました。
第2弾です。今回は青い絵を選びました。ニュアンスがチョット違う青。
金で描いた模様は金が無いらしく、オレンジ色に。
九谷焼の堀江祐夫子さんは、オレンジ色にしようか黄色にしようか迷われたそう。
ご注文を頂いてからの制作なので、ご注文主にお伺いしてみることにして、画廊を後に。
外は雨。

さて見本の九谷焼の絵皿を掲示します。12月7日までの企画です。
是非一度ご来場いただきたく、案内いたします。

雲の上では
本画と絵皿
雲の上では

シエナ日本美術家協会から

小雪の今日は雨が降っている。いよいよ冷たい季節到来。そんな中、小荷物が配達された。
再配達で、ご苦労さまなのだが、先月のイタリアはシエナ市で開催された展覧会の出品作に対して
認定書が送られてきた。
美術教育者 という認定書。「貴女の優れた芸術を心から高く評価します」 2019年10月11日
会長 ピエールジャコモ・ペトリオーリ
とある。
訳文と認定書を掲示します。

イタリア語
イタリア語
訳文
上掲認定書
訳文
自画像 8号サイズ(出品作)
ダニエーレ・サッソン博士/シエナ日本美術家協会顧問
自画像 8号サイズ(出品作)

1991年のアルバムから

探し物をしていてひょいっと目についたアルバム。開いてみるとニューヨークでの展覧会の最初のもの。
懐かしいものばかり。最後の方に、ドアに飾ったお正月飾り、紅白の輪飾りに御幣を付けた写真があった。
日本から持参。1月2日からオープンの12月31日の夕方、ドアに付けた。
その1枚前には、アメリカサイズの木枠にストレッチを終え、金槌を振りかざしている私。
日本からは木枠を外して持って行った10点ほどを、アメリカ製にストレッチ。
1ヶ月くらい後に木枠ができて、1日かかってストレッチ。
画廊主が壁に向かって飾り付けてくれ、ストレッチする私を働き者だねー! と。
自分のこと。
元旦にニューヨーク着の夫をJFKまで迎えに行くから、仕事を終えなかればならない。
あれからニューヨークでの個展は9回。グループ展は数え切れない。

元気な頃の話と映りが良くない写真を掲示します。

お正月飾り
最初の画廊で
お正月飾り
飾り付けてを終えて
ふざける私 撮影は誰?画廊主?
飾り付けてを終えて

豆冊子 をんなの時間さまざま 35

63首載せて手作り歌集「をんな時間さまざま」35冊目を作っている。九谷焼第2段 青い絵でというので、青い絵を表紙に。裏表紙は来年の干支“子”から。
22年前の旅を、電話するたびに話題になる友だちがいて、歌っておこうと気が向いたので12首入れた。ちょうど英国の当時の皇太子妃 ダイアナ が自動車事故でアルマ橋に消えたあの晩夏。アルマ橋からの風景を遠くのエッフェル塔を入れて描いた。それが「 ダイアナ 」。
今、フランスのある画廊にあづけてある。他に「 安土 」 「 ナイル 」も。

「最愛の夫 」を歌っているが、「たび綴り 」をはじめに持ってきた。またオリンピックを来年に控えて、ふと思い出した姉のことを、本人には断りもなく歌った。もはや時効、55年前のことだから。
施設に暮らす夫と毎日会っているけれど、一人の時間に昔を懐かしむ気分があるともなくやってくる。とりとめもなく暮らしている毎日。台風があって、落ち葉掃きで、力つきる。
避難所での生活を余儀なくされている方々、亡くなられた方々もおられ、目をおおう被害。落ち葉掃きで済んでいるさいわい、である。倉庫や物置小屋の養生を夫を真似てしたけれど、麻紐の太い物が手に入らず、細腕の細紐だから、もう台風は来てはなりません。これ以上の被害は御免こうむります。

ボランティアの方々、有り難うございます。

をんなの時間さまざま の表紙を掲示します。

をんなの時間さまざま  No.35
手作り歌集 です
をんなの時間さまざま No.35

日本オランダ文化交流芸術大賞 戴く

大型台風が来ている。夫の施設迄の間に、いくつかの危険性の高い箇所があって、家に待機している。大木の倒壊が心配される処は、先月の台風15号がもたらした。昨日11日に撮影して、あるいは明日は来られない、と、夫にその映像を見せるつもりが、話のみで帰ってきた。
また、洪水に見舞われる箇所もあって、そこを通らずともほかにいくつもある経路を思うのだが、ラジオからの不急不要の外出は控えるように、といった放送があり、また葉山町の防災メールでは避難勧告を発令している。施設への訪問、面会は明日まで待とうと思う。

さて、昨日、賞状が届いた。日本オランダ文化交流芸術大賞 とある。
川崎駅近く アートガーデン川崎であった「新時代のArt Scene」への出展に対してである。オランダ・アムステルダムから美術評論家 ポール・フロート氏が来日。選考。
賞のコレクターではないので、もう結構なのだが、若い人が私の絵を見て、出展を言ってくる。どうしたものか。今は気に入りの絵の具も無く、キャンバスも無く、額縁も無い。
さらに、メセナを失った。説明するが、通じない。
愚痴はいかん! と、一方の短歌で遊んでいる。そろそろ「をんなの時間さまざま」No.35を作りたい。

賞状と訳文を掲示します。

オランダらしい賞状
日本オランダ文化交流芸術大賞
オランダらしい賞状
訳文
訳文

アートボード

美がつなぐ4700マイル の日本・イラン外交関係樹立90周年記念の作品集発行記念品、アートボードが
届いた。大きなボードで、10号サイズより大きいもの。
華麗で悲劇的暗示もある絵柄が、私に配られた。中央に、ベールをまとった女がいて怖い。
「ユースフとズライハ」マフムード・ファルシチアン(イラン1996)という説明がある。
イラン、イスラム文化に暗い私。「ユースフとズライハ」の物語を調べる必要がありそう。
ご存知の方がおられたら、お教えください。

イラン文化センターと、(株)国民みらい出版 からの贈り物。有り難うございました。
掲示します。

「ユースフとズライハ」
日・イラン外交関係樹立90周年記念 記念品
「ユースフとズライハ」