• 40.9X31.8cm/2008年
  • 72.7x60.6cm / oil on canvas / 2013
  • 116.7X90.9cm
  • 22.1 x 15.8cm / 2007
  • 130.3X97cm

京都嵐山紅葉祭り

 暦にもあるように、毎年11月第2日曜日は嵐山もみじ祭りが京都の嵐山、渡月橋あたりで開催される。縁あって1995年、1996年と2回参加した。近年は11月3日の願成寺のご開帳に行くため難しいものがあって参加できない。9日の日曜日に大阪などからの訪問者の方々に、このもみじ祭で「麿」の格好をしたという話しを我が伴侶がしていたので写真をお見せしようかと思ったが、すぐには出てこなかった為に話しが中途半端に終わった。今日はこの「麿」の“超盛装”を、websiteでご紹介。大阪方面の“見たかった”という女性の方々のためにいたします。ひとつ、歌を添えてみました。

 骨を病む伴侶を今日も働かす 弁当もたせ たつきのために

1995年11月もみじ祭
1996年11月もみじ祭

京都旅日記

今年も願成寺の苦労消除祭に行ってきました。願成寺は東福寺の塔頭のひとつで願成禅寺ともいう。11月3日はお祀りしてある阿保親王堂のご開帳の日。この親王堂の中に多田祐子の作品“あした会いましょここで”50号が、ありがたくも飾られている。護摩札のお焚き上げのあと火渡りも行い、一年間の“芸術上達”や家内安全を祈念して一つ苦労もお預け、まぁもろもろのことを阿保さまに交信してまいりました。今回は、西京区の大原野辺りに参りまして、阿保親王、伊都(登)内親王、在原業平の親子お三人さまが並んで眠る五輪塔の在る竹やぶを探して、無事お参りを果たしました。張られてあった結界は、畑仕事をしていたお婆さんに“おかあはん、業平はんにお参りをしたいのですが” と声を掛けることで解決。このおばあさんにお参りの後お礼の言葉をと思って畑に行ってみると最早姿なし。朝露と草ジラミが靴やパンツにいっぱいの小径を歩きました。この後、大原野神社に参り、桓武天皇ゆかりのひと日でした。業平はんは、桓武天皇のひ孫。阿保さんは孫。桓武天皇の皇子、阿保さんの御親、平城天皇陵は奈良にあって未だ参拝かなわずですが。
 旅のつれづれを下記します。詠みしまま:推敲はこれからします。おかしいところはお教え下さい。

大原野にて
    佇みて 業平はんも西行も行き交はしたりと思ふ この径

    草草をとり払ふとき はつかにもこころかよふと 不敏(おろか)にも思ふ
   
    五輪塔並べたもふて今に至る 語りはなぁに 竹笹の里

願成寺
    青鷺は知らずやけふのこの祭り にぎはふ庭に一日たたずむ

    にぎはひの庭の一隅静かさのひときわみえて あおさぎはゐる

上賀茂神社
    さにつらふ紅葉愛でつつ連れ立ちて 上賀茂参りことしも無事に

貴子さま
    秋陽や 宝ヶ池にピクニック愛情むすび かたじけなくて

    かへるとて心名残りの手づからの夕餉も さらに頂戴すなり

    澄める月 永観堂に仰ぎ見つ 帰路の事無き 祈りくるるひと

    七日月澄みてかかれり若王子 いとまいふ折 ひときはひかる

                                      本日は以上10首

左から業平はん、伊登内親王、 阿保親王さまの各五輪塔
願成寺境内の阿保親王さまの墳墓と多田祐子

故郷を紹介しましょう

 26日の甥の結婚式にあわせて宮城県の栗原市に行っていました。6月にあの大地震があったところです。あのときは沢山の知人からお見舞いの電話をいただきました。幸いにして弟夫婦の住む実家は被害はありませんでした。だいぶ東にあるためでしょうか。栗駒山の山肌が崩れているのが遠目にも判りました。結婚式自体は仙台市内であったのです。前祝いと後膳があって大好きな餅を心置きなくお腹に入れてきました。まあしばらくは、と言ってもお正月が近い。
 栗原市はラムサール条約で有名な伊豆沼や内沼があります。今回は飛来している白鳥や雁を観てきました。いわば「雁の里」のひとつです。
 推敲していないもので、ああそうですか、の類の歌ですが下記します。

 ねぐらいり見むとつれだち伊豆沼のほとりに来たり くれなずむ道

 日没を知る鳥にしていっせいに ねぐらいりなり 雁の大群

 ゆふまぐれふる里の空 ヒシクイの鳴きねも高く ねぐらいり急く

 西空もひかり消えつつ飽かず見る 急く急く雁のねぐらいりなり

 結婚式はいいお式でしたことはいうまでもあろうはずがありません。美男美女のカップル誕生でした。

A.Jain Marunouchi Gallery でのグループ展 今年もあります

ニューヨークのマンハッタンは5番街にほど近い、The new york Gallery Building (24W) 6F にあるMr. JAIN の画廊での、何度目かのグループ展に参加することにした。
昨日東京で、来日中のMr. JAIN に会って、近々数点の小品を送る約束をしたので、4点ほど選ばなければ。こんな話しが来ることは予想していなかったから、今現在九州で開催中の展覧会のことなどを報告しようと写真を持参したが、これらの絵が今は手元にはない話しになった。現在A.Jain 画廊には3点しか残していないので、そうとなれば送るしかない。12月2日がレセプション。金城さんと来なさい。ショートバケーションで。とのこと。只今の経済的、危機状態は理解しては戴けない模様。とにかく常設画廊だからみつくろはなければ。売れない絵描き“多田祐子”の絵を置いてくださる大切な画廊の主Mr. Jain と1時間程、不完全極まりない英語で紳士協定の話し合いは終わった。
今日、明日にも彼はニューヨークに帰る。これから私はDMの為にiphotoからメールでイメージを送信するのだがどれにしましょうかといったところです。
 しかし絵がないなぁ。描かなければ-----。DMの絵は「SAIGYOU 」西行 または “さまよう心”  20号です

鎌倉古陶美術館での展覧会が決定する

 今後の予定の表示にありますように、鎌倉古陶美術館で、展覧会が出来ることになりました。来年のことですが、すぐにやってきますのが時期。北鎌倉駅の瑞鹿山円覚寺のご近所。並びにあります。描き始めておりますので、是非古民家の建築と庭園の様々なくさぐさ、そして多田祐子の作品を観にいらしてくださいますように今からご案内いたします。なかでも平安時代の陶器・土器、鎌倉時代の陶器・土器、大甕等数多の文化財が展示されております。これらの文化財との融和を念頭におきながら制作しましょう。

 
 逢い引きをするは先頃故人なり 悲運の皇子をみ大空(そら)に仰ぐ         祐子詠む

                                     皇子: 阿保親王
                                         懐良親王
                                         輪王寺の宮(幕末時代の皇子・上野寛永寺方)
 
 遅ければ日暮らしの門あとにせし 月澄む空にこころ遊ばず             祐子詠む

筑豊の邦

田川市における展覧会を開催するにあたってご挨拶とした中に、懐良親王の御霊安かれと祈念して、ということがあって、この地方の郷土史研究家、嶋井恒博さまからお手紙をいただいた。消印は9月16日である。筑豊の香春の郷に、応安元年(1368年)の秋に、懐良親王征西将軍は肥後国へ御下向の時、神無月(10月)14日、御輿をかきすゑさせ給ひ御詠されて「 駿河なる富士の高根と名のみきき 香春の里に富士を見るかな 」 「 磨かれて出づる鏡の山の辺の清き流にうつる月かも 」ということで、明らかにこの地方を通られたと、あった。「応永戦覧記」という書物に載っています。というお手紙であったのだが、今日は10月14日だ。あいにく新暦ですが。
懐良親王(?=〜1383)は第96代後醍醐天皇(1288〜1339)の第16皇子(第6皇子とも)で征西大将軍として九州に渡られた。書物で読んで惹かれた。惹かれているが正しい。

いつしかに訪ね来たりぬ 懐良の親王しのびし筑豊の邦
すくなからぬえにしはこたびむすぼれて 夏を久しく田川にあそぶ

パーティを明日に控えて芝生など 手入れさすなり 心映えのひと        これはギャラリーの主のことです。以上3首 祐子詠む

  なお 香春 は かわら と読み 懐良親王 は かねながしんのう である。

日光に行きました

10月の紅葉陽気に誘われて、平日を日光市の輪王寺に遊びました。実は隣接する小杉放菴記念日光美術館で開催されている「齋藤博之展」を観に行ったのです。孤高の画家の洋画と日本画と副題があって、ぺん画もあるのです。絵本の原画もなかなか楽しい達者もの。ぺん画での兵士の描写は絵本とはまるで反対。重く突き刺さるものがある。実際に兵役についた作家の訴えである。かっぱはいずれも飄々と真似の出来ない筆遣い。最も作者が得意とした「馬」は気高く“殺し合いをしない動物”として表現されている。
あんなに幅広く多岐にわたるモチーフで描いた作家を知らない。もちろん風景や静物も描かれ、裸体の人間やピエロ、大道芸人も描かれた。技法も異なるものを、優れた業績で孤高のままに多くの作品を残されました。19日までの展覧会ですが、かなりの作品群が寄贈されましたから、たまには企画展が催されることと思います。一度お出掛け下さい。
小杉放菴さんもふくよかな絵でした。以前日光市の市長さんだった清水比庵さんの書を観たいのですが、何処にいったならいいものか判りませんでした。
 時間がおしていましたが、兼ねてより参詣をと願っておりました輪王寺に拝観・参拝を果たしました。只今修理中でした。
二荒山神社にも参りましたが、大猷院さまにはもはや時間が足りずに次回に持ち越しとなりました。家光さま又参ります。

心願を 知るや日光輪王寺 蔦の紅葉葉 映えて老松     ちょっとおそまつ 祐子詠む
                              とても良いお天気さんでした

                           

10月5日

 東京銀座での、2009年国際児童年30周年にむけての、社会教育リナシメント選抜100人展も終わり、兵庫県立美術館での2008ハートアートコミュニケーション展も今日5日で終了。銀座の方は小・中時代が一緒の絵を描いているという友人が見てくださった。おはがきをいただいた。私のHPに立ち寄ってくださったことが判る。「MOMOYAMA]を展示した。フィレンツェ大学教授のピエールジャコモ・ペトリオリ博士によるとオランダのエミール・ノルデを私の絵から思い出すとのこと。エミール・ノルデを早速調べた。
私には似ても似つかずと思うがイメージは勝手なので----。もっともっと力強かった。とても楽しんで描いているというご意見には、そうそうと肯いた。もも=ピーチかというところで、安土桃山、鎌倉、江戸といったところの桃山ということを通訳を通してご理解をいただく。4号の小品。コレクターからお借りした。たった1度だけ展覧した作品。で銀座に飾った。
 兵庫県立美術館の方は20号の「カマル」。アラビヤ語で月。かまる。ちからまるに非ず。神戸に住むかっぱの仲間が観に行ってくださった。ありがとう。
 ブラジルの「桜香芸術祭in サンパウロ」も終了。こちらもHPに立ち寄ってくださった知人が、ブラジルのご友人に連絡してくださったとのこと。事前のPRが良かったらしく友人は知っていたわ。といって再度ご連絡をくださった。行くと言っていたわ。とも。行ったら泊まれたのに、ということも。残念ながら行かれませんでしたの。
 というわけで現在展覧されているところは、福岡県田川市のto.ko.po.laギャラリーのみです。写真はパーティの前日8月29日に芝生の手入れ、掃除をする庭師さんと、オーナーの内科医、消化器科医の神崎真一氏。常に「心の刃」に“錆びが付かないように” 磨きに磨いておられる先生。

パーティの前日8月29日に芝生の手入れ、掃除をする庭師さん
オーナーの内科医、消化器科医の神崎真一氏

10月3日 トコポラ後半2日目

 田川市の現代美術ギャラリーto.ko.po.la での後半が始まった。飾り付けをスタッフの桃子さんと中住きよみさんそして急遽園耕治?さんが手伝ってくださったとか。ありがとうございました。そしてご苦労様でした。会場の様子をメールで送信していただいたものをこのブログで紹介します。塩梅よく飾られております。

さて、10月1日に北鎌倉の古陶美術館の副館長さん・長谷川幹晃氏にお会いしました。2009年の秋に「鎌倉古陶美術館」で展覧会を開催できることが決まりました。
2010年の2月に北青山での展覧会が既に決まっておりましたので、出来ればもう少し前の時期と思いましたが、紫陽花の季節は定例の展覧会で埋まっておられるそうです。
平安時代や鎌倉時代の土器、陶器、大甕や貴重な文化財が古民家3軒分の美術館に展示されている。庭園も季節の草ぐさや白萩の花にあふれて秋たけなわ。静かな趣の美術館。
ここに多田祐子の絵を展示させていただく。1年間の準備期間で間に合うかどうか、走り始めようと思う。

ではto.ko.po.la の後半よろしくお願いいたします。

9月16日 

 富士宮市における2ヶ所の特別展が終わった。Rihei 蔵 の主 利一氏が作ってくださった今時タイプのおしゃれな芳名帳をみると旧知の方のお名前がちらりほらり。新しくお目見えするお名前が勿論多い。中に市長さんや教育文化課の方のお名前が3名さまあって、新聞の紙上によるものか、Rihei の主利一さんが印刷してお出しくださったDM
によるものか、その双方の広報で、より多くの方々にご高覧いただいた。一緒にタイランドやトルコに国際交流展で行った絵描き仲間のメッセージ“お元気ですか?”の添え書きがある。彼女もお元気のようすがわかる。
 今回の富士宮市での展覧会がにわかに開催されたいきさつは、増田屋さんの恭子さんのご協力、実行力、お世話力による。福岡行きのための車 キャラバンロングをお貸しくださり、車を取りに来るときに絵を何点か持っておいで、とのご意見があった。甘味処の“ぷくいち”さんにまず飾っていただいた。照明も、看板もあって芳名帳も準備していただき、無事に福岡県田川市に行き、帰って、田川市から持ち帰った大きめの作品を13点、今度はRihei 蔵に飾っていただいた。4日〜14日まで。主の利一氏がいろいろと面倒を見てくださって、急にもかかわらずに大勢のご来場であった。ほんとうに感謝の秋。
 ぷくいち さんはお客さんでいっぱい。ろくにご挨拶も出来ずに帰ってしまいました。お宮横丁は大勢の人でごったがえしていました。飾り付けの日の午前中とは趣ががらりと違い、人々に圧倒されるまま、浅間様にお参りを。3連休の中日、14日の日曜日であった。
 増田やさんの皆さん、ぷくいちのご兄弟、Rihei蔵のみなさん、そしてご高覧下さった多くの方に、ありがとうございました。
また、いつの日にかよろしくお願いいたします。

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