• 22.0 × 17.0cm / oil pastels on paper / 2013
  • 27.3X22cm/2007年
  • 90.9 x 72.7cm / 2000 / 非売品(not for sale)
  • 145.5X112.1cm/
  • 22.1 x 15.8cm / 2007

シエナ日本美術家協会から

小雪の今日は雨が降っている。いよいよ冷たい季節到来。そんな中、小荷物が配達された。
再配達で、ご苦労さまなのだが、先月のイタリアはシエナ市で開催された展覧会の出品作に対して
認定書が送られてきた。
美術教育者 という認定書。「貴女の優れた芸術を心から高く評価します」 2019年10月11日
会長 ピエールジャコモ・ペトリオーリ
とある。
訳文と認定書を掲示します。

イタリア語
上掲認定書
訳文
ダニエーレ・サッソン博士/シエナ日本美術家協会顧問
自画像 8号サイズ(出品作)

1991年のアルバムから

探し物をしていてひょいっと目についたアルバム。開いてみるとニューヨークでの展覧会の最初のもの。
懐かしいものばかり。最後の方に、ドアに飾ったお正月飾り、紅白の輪飾りに御幣を付けた写真があった。
日本から持参。1月2日からオープンの12月31日の夕方、ドアに付けた。
その1枚前には、アメリカサイズの木枠にストレッチを終え、金槌を振りかざしている私。
日本からは木枠を外して持って行った10点ほどを、アメリカ製にストレッチ。
1ヶ月くらい後に木枠ができて、1日かかってストレッチ。
画廊主が壁に向かって飾り付けてくれ、ストレッチする私を働き者だねー! と。
自分のこと。
元旦にニューヨーク着の夫をJFKまで迎えに行くから、仕事を終えなかればならない。
あれからニューヨークでの個展は9回。グループ展は数え切れない。

元気な頃の話と映りが良くない写真を掲示します。

最初の画廊で
お正月飾り
ふざける私 撮影は誰?画廊主?
飾り付けてを終えて

豆冊子 をんなの時間さまざま 35

63首載せて手作り歌集「をんな時間さまざま」35冊目を作っている。九谷焼第2段 青い絵でというので、青い絵を表紙に。裏表紙は来年の干支“子”から。
22年前の旅を、電話するたびに話題になる友だちがいて、歌っておこうと気が向いたので12首入れた。ちょうど英国の当時の皇太子妃 ダイアナ が自動車事故でアルマ橋に消えたあの晩夏。アルマ橋からの風景を遠くのエッフェル塔を入れて描いた。それが「 ダイアナ 」。
今、フランスのある画廊にあづけてある。他に「 安土 」 「 ナイル 」も。

「最愛の夫 」を歌っているが、「たび綴り 」をはじめに持ってきた。またオリンピックを来年に控えて、ふと思い出した姉のことを、本人には断りもなく歌った。もはや時効、55年前のことだから。
施設に暮らす夫と毎日会っているけれど、一人の時間に昔を懐かしむ気分があるともなくやってくる。とりとめもなく暮らしている毎日。台風があって、落ち葉掃きで、力つきる。
避難所での生活を余儀なくされている方々、亡くなられた方々もおられ、目をおおう被害。落ち葉掃きで済んでいるさいわい、である。倉庫や物置小屋の養生を夫を真似てしたけれど、麻紐の太い物が手に入らず、細腕の細紐だから、もう台風は来てはなりません。これ以上の被害は御免こうむります。

ボランティアの方々、有り難うございます。

をんなの時間さまざま の表紙を掲示します。

手作り歌集 です
をんなの時間さまざま No.35

日本オランダ文化交流芸術大賞 戴く

大型台風が来ている。夫の施設迄の間に、いくつかの危険性の高い箇所があって、家に待機している。大木の倒壊が心配される処は、先月の台風15号がもたらした。昨日11日に撮影して、あるいは明日は来られない、と、夫にその映像を見せるつもりが、話のみで帰ってきた。
また、洪水に見舞われる箇所もあって、そこを通らずともほかにいくつもある経路を思うのだが、ラジオからの不急不要の外出は控えるように、といった放送があり、また葉山町の防災メールでは避難勧告を発令している。施設への訪問、面会は明日まで待とうと思う。

さて、昨日、賞状が届いた。日本オランダ文化交流芸術大賞 とある。
川崎駅近く アートガーデン川崎であった「新時代のArt Scene」への出展に対してである。オランダ・アムステルダムから美術評論家 ポール・フロート氏が来日。選考。
賞のコレクターではないので、もう結構なのだが、若い人が私の絵を見て、出展を言ってくる。どうしたものか。今は気に入りの絵の具も無く、キャンバスも無く、額縁も無い。
さらに、メセナを失った。説明するが、通じない。
愚痴はいかん! と、一方の短歌で遊んでいる。そろそろ「をんなの時間さまざま」No.35を作りたい。

賞状と訳文を掲示します。

日本オランダ文化交流芸術大賞
オランダらしい賞状
訳文

アートボード

美がつなぐ4700マイル の日本・イラン外交関係樹立90周年記念の作品集発行記念品、アートボードが
届いた。大きなボードで、10号サイズより大きいもの。
華麗で悲劇的暗示もある絵柄が、私に配られた。中央に、ベールをまとった女がいて怖い。
「ユースフとズライハ」マフムード・ファルシチアン(イラン1996)という説明がある。
イラン、イスラム文化に暗い私。「ユースフとズライハ」の物語を調べる必要がありそう。
ご存知の方がおられたら、お教えください。

イラン文化センターと、(株)国民みらい出版 からの贈り物。有り難うございました。
掲示します。

日・イラン外交関係樹立90周年記念 記念品
「ユースフとズライハ」
なにやらオファ|が押し寄せます
で歌にしましたそして夫金城が
脳出血の手術から一年経ちます
乏しさに反しオファ|は押し寄
する絵画の出展二〇一九
その日来ぬ一〇月3日膝折て
背をガラス戸に嘔吐したる日
双眸呑五州と評しくれし人
在るも眼閉じゐる今日の面会
目を閉じて眠 っ ていることが
多いのでリハビリがすすみません

夕焼け

お彼岸の中日、夕刻の空を見上げる。一人で見上げるにはもったいないくらいの、色。施設の夫にまた明日、と別かれてきたばかり。翌日に話すにはそぐわない。
眠っているからね。
昨日、26日、数字は解ることを知った。指折りしたり、カレンダーの数字を示して数を数えてみると笑って私を見る。アッ、ご免! 嬉しい一件。
最近エレベーターのボタン数字を押さなくなっていたので、押したのはマグレだったか!と、あまり強制しなかった。単なる怠け! と、なんだかいつもの金城に出会う。

いい秋空。昨日に続いて庭木の剪定をしよう。ほんの一時間半くらい。鎌が切れず、剪定ばさみも、そんな事で、両腕が挙がらなくなるので。
金城に話してみると、知らんぷり。
二本松の仲里さんが来てくれて、金城のお見舞いの前に、仮払い機で、草の海は刈り払われた。木々の有る庭は、自分がやるしかない。
蛇がいるので思いっきり怖い! この夏の終わりに小蛇二匹が、退治されていた。新聞配達の人が退治してくれたと思っている。
金城は毎年蛙が鳴いてると、蛇の餌がある、と言って、安心していたっけ。もちろん二匹の蛇の話はしてあげました。

では夕焼けを

26日の17時50分頃のhayama

短歌作品のステンドグラスが届きました

去る8月、新天皇即位・新元号改元記念 至芸の邂逅展2019 が愛媛県松山市で開催された。
松山市制130周年の節目に令和元年の改元があり、展覧会の監修者、正岡明氏のお祖父様が
初代松山市長ということもあってか、松山藩主の子孫 久松定こと伯爵の別邸、萬翠荘が会場であった。
因みに、初代松山市長の加藤拓川は医師で、外交官でもあった。
夫 金城にそのことを話すと、目を丸くして聞いていた。

今日の昼、展示された短歌作品が可愛らしいステンドグラスに印刷?されて届いた。
同時に展示されたカレンダー、令和元年5月1日から令和2年の4月末までのもの
「こげ茶の意地」改元記念令和カレンダー が届いた。
掲示します。

萬翠荘と展覧会の看板
ステンドグラスは工房製
多田祐子の作品 短歌のみ
改元記念令和カレンダー

秋のアート展

秋のアート展・スマートシップギャラリーに出掛けてきた。小雨の降ったり、止んだり涼しい一日。あんなに暑かった日々が何故か懐かしい。
施設に居る夫・金城がお風呂に入れる日。身体拭きの要らない一日。それでも特急を乗り継いだり、出来るだけ時間の節約に努めた。しかし
3時のおやつタイムには、間に合わなかった。20分の遅れ。クッキリと目覚めていないが、眠ってもいない。文字のリハビリはどうも
面倒らしい。万華鏡、それもニューヨークはマンハッタンのアインシュタインの店というか、アインシュタインの関係のものばかり置いてある
店で買ってきた万華鏡を覗かせて、髭剃りをして終わり。30年くらいも前に買ったもので、いつしか忘れていた万華鏡がヒョッコリ出てきた。
日本の普通の万華鏡と一緒にリハビリの一助になればと金城の部屋に置いてある。

私の絵を見に来た知り人が電車に向かう途中で出会った。アンコールはせずに、有り難うとさようなら。
会場にはもう一人大学の後輩が待って居てくれ、有り難かった。
個展と違って、2点しか出展していない。まあグループ展の良さも有る。

その2点を掲示します。

美し山(左) 秋をまとう(右)

新時代のArt Scene

昨日12日木曜日、夫・金城は施設でお風呂をもらえる日で、身体拭きの一仕事がないことがあって、11日から始まっている展覧会に行ってきた。
監修者のポール・フロート氏が来日している。オランダの美術評論家で、7年程前にお会いしている。横浜市の県立美術館であった展覧会の時以来で、
2度目かたぶん3度目。
今回、担当者の女子がフランス語を話すので、ご挨拶ができ、写真も撮って頂いた。フロート氏は私のことを覚えていてくれたかどうか、尋ねなかった。
絵の前で、マチスのようだ、というのだが、タダユウコ!だ、とワタシ。
絵の真ん中にドットがあるのは何か?と。
筆でパシッ と、絵の具を落として終了のサイン。である、上手くいった。と。で、ご覧のような掲載の写真になったのです。

『お正月心に飾る門松は微笑みさても日がなめでたき 』 といった塩梅の絵

微笑み 20号サイズ
オランダの美術評論家ポール・フロート氏と
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