Merci beaucoup Monsieur MARBLO
スペインから生まれ故郷のフランスに戻って、ホテルと美術館を始められてから、かれこれ2年は過ぎただろうか。その MARBLO さんから4枚目の版画が届いて、半年が過ぎた。また「金城ミュージアム」が充実した。お礼のお手紙はまだで、そろそろ書かねば。中途半端な英語か、出来の悪いスペイン語か、はたまたそれ以下なフランス語か。
馬がとても素敵でおしゃれで、かわいいMARBLO さん。取り敢えずブログでありがとう。
スペインから生まれ故郷のフランスに戻って、ホテルと美術館を始められてから、かれこれ2年は過ぎただろうか。その MARBLO さんから4枚目の版画が届いて、半年が過ぎた。また「金城ミュージアム」が充実した。お礼のお手紙はまだで、そろそろ書かねば。中途半端な英語か、出来の悪いスペイン語か、はたまたそれ以下なフランス語か。
馬がとても素敵でおしゃれで、かわいいMARBLO さん。取り敢えずブログでありがとう。
4月は、油絵はおろか、Oil pastel も描かなかった。なにかと愉しい日々をおくった4月を振り返ってみる。先ず、京都の知人、夫が御姉様といっている人の老前整理の手伝いに行き、形見分けの仕分け。物の多い方で、随分捨てたのよと仰るが、最後の判断は他人には出来ず、取り敢えずは残したい人がいる物だけと、まだ捨てる訳にはいかないものを、仕分けした。勿論まだまだ荷物は残っていたが、3日間の日程でほんの僅かばかり手伝った。なにしろ到着第一日目は午前3:45分にお布団に入るまでおしゃべり。11:35分に八条口でピックアップしていただいて、お昼のお総菜を買い、お昼ご飯を豪華に食べ、夕方は銭湯に行き、といった状態。2日目は9:00に朝食。
お昼抜きでかたづけましょうと、午後2:00まではお茶も飲まずにいたが、炊飯器に残っている前夜のご飯で小さいおにぎりを適当に作り、休憩。引っ越し先の天袋に納めるお茶道具のあれこれを運ぶ。お夕飯を食べに入ったお店は何故か外国の方々でいっぱい。ここで「円安」を思い知らされる。ご飯の量が少ないので、情けないね、とつぶやかれる79歳に、おかわりしましょうか、と云わず終い。それで、夜10:00には、お腹が空くから寝ましょう。ということに。
3日目、話しが伏見稻荷に及び、まだお詣りしたことがないということから、帰りがけに行きましょう、ということで、見つからない物を探し、思わぬ所にしまってあったことに笑いあい、箱詰めを急ぎ、昼ご飯は、私が京都で展覧会を開催中によく行った、お好み焼き屋さんがいいと、云われ、ご飯も注文、味噌汁も注文。ご飯の量が前夜のようには少なくなかったので、お互いに安心の心地。3:00頃には探し物もみつかりガムテープで箱を閉じる。小さからず、大きからずの箱を道々で宅配依頼。一つのけじめが付いたと云われ、私のために伏見稻荷社詣り。境内は広く、やはり円安利用の外国人旅行者がなんとも多く、ここは何処っていう感じのお稻荷様。夕刻6:00近い。鳥居をくぐって、ヨーロッパの人たちがぞくぞく歩いている。私は池の畔で拍った柏手のこだまが示してくれる教えに有り難く、お詣り。この池の畔に何時もいるのという不思議な人にいろいろと教えて頂く。外国の人が奥へ奥へ小径を進んでいくと、ちゃんと英語で何処を目指すのか聞いて対応していた。スペインからの旅行者も多いということだった。
2ドル出してもタバコが買えないと、円高の時には日本に来なかったニューヨークの画商・Mr.Jainを思った。今年は来日あるかなぁと。
13日は日光東照宮・客殿での奉納の儀。男体山を仰ぎ、二荒山神社、日光山輪王寺に参詣。名物お土産らっきょうのたまり漬けを買う。この朝早く、淡路島で地震があった。知り合いには幸い被害が無く、取り敢えず安堵。日帰り強行ぐん。日光線車内もカップルは皆外国人でした。右も左も。
20日、横浜。県民ホールであった”日本におけるイタリア2013”に出品中で、イタリア作家作品を観ましょうと、出掛ける。パーティがあって、10人程のイタリアのかたがたが居られた。イタリアブースの作品群を鑑賞。うっかりメディチ文化協会正会員である自分の事を忘れてしまって、元ソフィァ大学の学長と仰る神父さまとのみお話しをした。日本語を話されるから。出品作は「花かざり」。担当者さんが選んだが、暢気なピンクや黄色の絵は無いから、社会的風刺性の強い作品群が列ぶイタリアブースの重みには、軽くお付き合い出来ず、ワインの置いていないパーティを少なからず恥ずかしくガッカリして、帰宅。今思うに、会釈を交わした女性とは名刺の交換くらいは出来ただろうに、反省、です。私の絵のある場所にご案内するには階段を上っていただかなければならず、などと、考えてばかりいた。
23日24日。被災地支援で二本松市に。夫と、友人の総勢5名。農家民宿を始める知人を応援。
まだ整っていない様子をみんなで見て、あれこれ加勢。周りの百日紅の花が咲き誇る頃にはツアーを組んで来る、という旅行業を営む友人は、飲食店も営み、料理指導に忙しい。我々は百日紅の記念植樹をしようと呼びに来て下さった、”するすべりさん”と、山の頂に。夫もスコップで小さな穴を掘り、記念植樹。京都からお客さまという4人組もおられ、8本の百日紅が新しく植えられた。内一本はこの夏には咲くだろうという。ツアーで来る予定の料理指導中で植樹祭には来ていない彼にその一本を割り当てる。京都からのお客様は、戦争中の疎開先を訪問中であった。そのとき住んでいた家は最早無い。今は、ビニールハウスがある所、という。過疎の地域。ご近所の人は、数少ない家に灯りが点っていると嬉しい限りと。そう語る人の奥さん手作りのおにぎりや漬け物をご馳走になる。夜には、八宝菜を差し入れして下さった。そうそう、朝はご主人が、おにぎりに味噌汁まで添えて、坂道を上ってこられたんだった。昨夜置いていった、車をとりがてら。おにぎり、多すぎて、みんなでそれぞれ夕飯にといいつつお土産にした。ラップで包んで。明日は雨だという、話しはやがて本当になった。桜吹雪まみれの車で、東北道を帰る。
行きは常磐道を北上。今が桜の見納め時、数多い桜を堪能。山笑う状態の福島だった。
26日青梅市の友人宅に筍掘り。今年はイノシシが出没していて、あまり収穫に期待しないでという友人夫妻。なにしろ鼻が低いところにあって、利きめの良い鼻を持っているイノシシとでは勝負にならない。それでも例年配る人6人ほどには配って周り、我が家で、6本いただいた。なにより友人の手作り料理をいただくことが一番の愉しみだから、筍は少なくても、、、、。27日夜、二本松市に一緒に行ってくれた友人、旅行業者をよんで筍ご飯を一緒に食べたのです。26日夜頂戴した石鯛2匹とカワハギ2匹を、鱗取りと、かわはぎで、すっかり腰が痛くなった夫は今日28日、昼ご飯前に昼寝をしています。
さて、五月。これからは絵を描きます。ゴールデンウィークが過ぎたらですが。まず、富士山を!です。
昨日、早朝の電車を乗り継ぎ「東日本大震災復興美術展覧会」及び、「日光東照宮被災地復興祈念芸術奉納」の儀に参列のため日光に行ってきました。日光東照宮及び タイ王国赤十字のご協力があり、タイランドからは王族のソムラップ殿下(WAC会長)をはじめアヌワット・ブーンニティさん(WAC常任理事)、SUREEさん(各種アドバイザー)とSUREEさんのお孫さま、イベント方面の代表の方等5名のかたをお迎えして、日光市長代理・副市長さま、日光東照宮宮司・稲葉さまのご挨拶をいただき、多くのマスコミ方面の取材もあって、一時間20分のセレモニーでした。揮毫の「咲笑」(さくら)はお若い京都の書作家の方がなさいました。 社務所のある客殿から階段を上り、曲がりくねった廊下を渡って、一般観光客のかたは入れない“将軍ご着座の間”に。この将軍ご着座の間で、主催者、協力者、展覧会出品作家にお祓いの儀が執り行われました。 土曜日とあって、拝殿は観光客で溢れていました。庭隅には僅かに雪が残っておりましたが、温かな一日でした。 直会の饗宴の前に、奉納作家には受納書のお手渡しの儀があり、神官さまから各人が「受納書」をいただきました。 受納作品には受納番号が額の内側、絵の左下に真鍮でしょうか、既に取り付けられておりました。長く東照宮内に保存していただく「花回廊」と別れの一時を持ってきました。
今日二葉葵に花が咲いているのを見つけた。昨年よりも花数が多い気がする。5月15日の葵祭までには昨年と同じくらいの株を送りたいと、見守っている。葵の里親をしているので。
ごもったいないことに、日光東照宮・客殿での展覧会展示に併せてご奉納者の一人にさせて戴いた。推挙あってのことだったが、返事が遅れた。
本当に勿体ないことである。作品は「花回廊」10号である。地球上が次々に咲く花で回廊になっている。風に運ばれるはなびら、水に流れるはなびらをあしらって表現した。花は無心に咲く。風も無心に吹き、水も無心に流れる。私も無心に絵を描きたいものだ。それがなかなか。
本日午前中に梱包して、発送した。この三日間居間に改めて飾り、嫁入りする絵を送り出した。4月13日に、奉納の儀が行われる。参列の予定だ。
春の彼岸が明日で明ける。今ここ葉山では桜が満開。辛夷や連翹、椿、らっぱ水仙、それに花桃も咲いている。なんだか目移りして仕方がない。桜はもっと後の開花がいい。
辛夷の白い花や連翹の黄色の花が終わって、花桃のピンクの花々が消えてからの登場がいい。そういえば雪柳の花も盛んに咲いている。なんだかもったいない今年の開花である。寒い冬から一気に初夏のような日々が続き、一斉に花が咲いた。3月6日に河津桜を観に行ったのだから、間が欲しかった。勝手な話しだが、まだお弁当を作って花見に行こうという気分が湧かない。
さて、本日、日光東照宮に奉納の作品を決定した。「花回廊」に。
京都は嵐山大悲閣千光寺に奉納しましょうと準備中だが、こちらは本殿がまだ落慶にいたって居らず、100号サイズ2枚の題名は既に決めてあるが、どの位先の話しかは判っていない。大悲閣千光寺は江戸時代の大豪商角倉了以を祀っているが、大御所、日光大権現さま家康将軍に御朱印船を赦された豪商だった。千光寺の客殿には大きな大きな家康将軍の御位牌があって、思わず手を合わせて参拝した。ちなみに千光寺には2度拝観している。
この“千光寺に奉納”には、その前に日光大権現様へのご奉納がなければならなかったらしい。今日に至って納得。
余談だが、御朱印とは大将軍にのみ赦された印のことで、家臣は皆墨にて花押、書き判を用いた。今日のように誰でもが朱肉を用いて朱印を使用出来なかった時代のことでした。
また、日光山輪王寺には知人がお勤めしておられることから、いつの日にか、奉納の儀に及びたいと願っている。
歌を一つ
ポジションで精進波羅密 忍辱と禅定布施し 知恵にいたらず
ポジション=自分の立ち位置
精進=いろいろなことに努力すること
波羅密=彼岸
忍辱・にんにく=わがままを言わず、耐えること
禅定=心を落ち着かせて自分を見つめ直すこと
布施=自分のものをこだわりなく他へあげること
知恵=(持戒じかい・規則正しく生活すること)以上の五ッの行いを通して完全な悟りを開くこと
咲笑(さくら・と読んでいただきたいそうです)〜 東日本大震災復興美術展覧会 〜 が4月13日から17日までの期間、日光東照宮客殿で開催されます。主催はWAC世界芸術文化交流会。10:00〜16:30の時間帯です。私も推挙をいただき出品いたしました。桜の開花が桜前線にのって北上することから題名を「スピードに乗って」としたものの、あまりスピード感はありません。10号サイズです。へたなウインクをしております。これから日光に行く計画をお持ちの方は是非期間を合わせて戴き、滅多に入れない客殿の展覧会をご覧いただきたいと思います。陽明門や拝殿、本殿とは少し離れておりますが、200点ほどの桜がテーマの作品群。きっと素晴らしい展覧会に違いありません。
以上ご案内いたします。
庭の花桃の木に今朝3輪の花が開いたと思ったら、昼頃には8輪に。東京では桜の開花宣言があって、お彼岸の入りを明日に控え、いよいよ百花繚乱の季節。
私も眠りから目覚めようと思う。
我が家の花を掲示します。
ニューヨークでは7日からアーモリーウィークが始まった。オファーがあって出展している。日本では9日の土曜日だが、ニューヨークはまだ金曜日の夜のタイム。「ノースレッド(微笑み/Smile)」 と「新凱旋門」の2点。Fountain art fair。 長い歴史を持っているアートフェアーだ。大勢の人に観ていただきたい。そしてコレクターさんが現れることを祈っている。
今朝ほどの夢は「悪評をたてられ苦しむことになる」というものだった。夢の内容は単純ではなくて、赤ちゃんが泣いて「知人から食べ物が届く」という夢占いの判断。長い物語のような夢で、夫に話しては、相変わらず変ね! と。 長い夢の中では大道芸人が、地球の経度と緯度を当てるというもの。そこの部分に自分の荷物、スーツケースだったが、置くことで、みんなが拍手していた。夢判断では判らない。なんでしょうね。
しかし「悪評をたてられ苦しむことになる」というのは、困る、というものです。
先日の展覧会の中の小品を掲載します。