お正月の終わり(2)

あるまでの命とぞ思ふ貧しさや
肩身もせまき寒鴉吾


軸物にいどめば難題多くして
対峙す墨とわが大経師


シ ャ|ンといふ音もすがしやお鈴
我が家ぬちに今 幸ひ運び来

日程の変更

 10月の京都左京区ギャラリー左司馬での展覧会の期間が変更になりました。22日からで一週間短くなってしまいました。ギャラリーのオーナーさん舌夫妻が
韓国に用事が出来てしまったそうで、やむを得ず変更です。土、日曜日が3回と11月3日の文化の日の休日があります。この時期に京都行こう−! と計画してください。

江戸の蕎麦

 1月24日から始まったグループ展・ダブニールに行く銀座通いがはじまった。オープニングパーティだったが、夕刻までの時間つぶしをかね、江戸風蕎麦やさんを探して、蕎麦を食べ、満足。江戸草子を150冊以上読んで、すっかりお江戸が好きになった。ダブニール展に出品した作品の一つが「江戸」。その後、銀座1丁目まで散歩しつつ、友人の一人が案内状をくださったので、やはりグループ展だが、画廊を覗きに。ここの画廊が戦災にあわずに残った建物ということで、またとても趣があっておもしろい。小さな画廊だったが、お当番さんや画廊主さんとおしゃべり。お互いのハガキ・DMを交換した。私の友人は93歳。友人と言ったら叱られるから先輩。その先輩は夕方からのパーテイには来るかもしれない、良かったら来ない?というお誘いを残念ながら“ごめんなさい”。私達のパーティは4時頃から始まって、二次会もあるのが普通。月曜日は各画廊でオープニングパーティが開催されるから、ダブってしまいました。“後でダブニール展を覗きに行きます、ちゃんと会場に居て下さいよ”と仰ってくださったお当番さんが本当にご来場。パーティの準備中で、何も召し上がってはいただけなかった。名前は明かせないがとっても素敵な“ダンディさん”。このダンディさんの絵はがきも沢山あって、本画も飾ってあったが、財布の中はほとんど空っぽ。あいかわらずの状態。お蕎麦を食べる少し前にCitibankからニューヨークの画廊にカタログ代やメンバーシップ代を送金。帰りの電車賃しかない。93歳の先輩の“かっぱの絵”を残しては帰れないので、幸い一枚しかないのでこれを購入。画廊主さんも何時か来て下さるお約束。国立新美術館も行って下さるそうな。20号一点が31日まで展示されている。
 1月24日は「からっぽな財布」をあいかわらず持って、新しい出会いがありました。尚「からっぽな財布」というパステル画を買ってくださった故郷のお茶やさん、新しいお客さんが来ますように。また。

描き始めています。

 昨年暮れ、12月初めから終わりに掛けて、ニューヨークのマンハッタンはチェルシーにある名声も高い画廊からのオファーがあった。多田祐子の絵画を飾ろうと仰って下さり、返事を1月8日までにというメールが度々あった。全文英語。当然和訳、英訳が大変でとうとう対応に限界があった。どっさりの英文。同じ事を書いてあるのだが、こちらからの返事がいわゆる日本的。あちらには曖昧? らしい。2011年はアレンジメントが出来ないが、2012年なら応じてもいい。
といった具合にお返事した。2011年が出来ないことが理解していただけなかった。20年来のお付き合いが続いている57th(丁目)の画廊A.JAIN MARUNOUCHI ギャラリーとは3マイルとは離れておらず、Mr.Jain のところに5〜6点預けてあるから、今すぐに私には対応が出来ない。ここ最近、テロ対策上から航空便での輸送が出来ず、船便に限るということも大きな不安だ。彼らの仰る「星のような絵画」を船で送り出すのは、結局は嫌だ! ということで、その上今年はニューヨークには行かれない。返事の内容は「ニューヨークに今年は行かれないこと。和訳、英訳が私にはハードなので、日本語でやり取りが出来ると良いのですが」。ハワイに留学中の25歳の青年Mr.Satou syouhei に英訳してもらった。最早ハワイに帰った?から、次回からはメールの転送で。しかし2012年のオファーがアルとは限らない。
 57thのMr.Jainは私の英語力を先刻承知。20年間ブロークンイングリッシュで済ませてきた。足りないことろは紳士協定で。さて、英語を勉強せねばと思うが、取り敢えずはこのお正月中に小品0号〜15号サイズ57枚のキャンバスの地塗りをした。5〜6回。部屋中が油の匂い。酔っぱらいそうになりつつ。
今年は多田祐子展第55回を京都のギャラリー左司馬で開催予定。10月16日〜11月6日までの3週間。京都散策がてらお出掛け下さい。
また、6月1日からの鎌倉古陶美術館での紫陽花展に出品オファーがあって今描き始めています。何枚でもかまいませんとのこと。5枚は出品しようかとおもいます。こちらも鎌倉散策のついでにお立ち寄り下さい。

鎌倉歴史探訪

1月15日鎌倉市高徳院鎌倉大仏
と3歳児
みどり児にイメ|ジあるらし大仏の
おおきすぎたと 声たて笑ふ

1月8日どんど焼き

 少し雨が欲しいくらい乾燥しています。温かな日。朝から葉山下山口のどんど焼き。松飾りや玄関に飾った注連縄を燃やしました。  富士山がくっきりと。  どんど焼き 金時山の大向こう 富士の高嶺は孤高きわだつ  冬の海なぎて水面に花と見る 小さき数多の潮の泡かも  東(ひんがし)の日を背に受けて 突堤にうつりし影を彫塑と見たり

水面の花
私の影
どんど焼き
テトラポットのさきに見えます霊峰富士

元旦2011

子の刻



つつしんで開く日めくり 元旦の
子の刻 ひととせ幸ひはあれ

2010了る。

春の展覧会から秋の展覧会まで5回
日本のあちこちに行きました。

充実の一年終わる 2 0 1 0
満天の星 仰ぐ 降り来れと
氏神様にこれから初詣に行きます
来る年の安寧を祈ってきます

二つの賞が届きました。

 日本とハンガリー間の文化交流〜芸術交流祭が10月にブダペスト歴史博物館で行われ、それに伴っての賞が届きました。ハンガリー芸術文化遺産特別賞というものと、それに添えられた特別感謝状です。特別感謝状はブダペスト歴史博物館館長・ボド・サンダーさんからでした。ブダペスト歴史博物館には以前「らくだ」という題名の油彩画を寄贈したのです。10年程前でしょうか。ハンガリーに最初に訪問したのは、ダイアナ皇太子妃が事故死した年でした。友人と二人旅。ウイーンに宿泊しての一日の訪問。エスカレーターの早いのにビックリ。お土産を買おうにも品数が少なくて、きれいな紙を、ナプキンですが買いました。二人で10000円両替したのですが、5000円ずつ消費するのに、何を買えばいいのか困ったのです。ガーネットのタイピンとか、高価なお土産屋さんに行くことが出来たのは、後に2度行ったのですが、旅行社のガイド付きツアーでした。2度共国際交流展があって訪問したのでしたが、初めの訪問の年から見ると随分街が美しく整備されていました。今年は作品のみの参加でした。担当者さんは「多田祐子」さんはよく知られていて名前が挙がっていたと言ってくれるのですが、全くの嘘をおっしゃっているともおもえませんから、ありがとうございました。
 さて、もう一つは、中国杭州市の博覧会から届きました。「三潭印月賞」という難しい賞でした。これは昨日12月18日に届きました。20000人の中から10人のみ戴いた賞のうちの一つだそうです。こちらも作品のみの参加でした。ここ20年来国際交流展に出展依頼があって、出来るだけ出品してきたが、賞が格別欲しいというわけではない。
大分戴いたので与えて下さるほうでも、賞のネーミングに苦心の様子がみられる。どうかこれからは多田祐子のノミネートは外して戴くようにお願いしたい。制作は卒業はしないが、賛助出品は卒業したい。名誉は盗まれないとはいうものの、器から溢れている。もったいない。でしょ。
 今年もあと12日。春の北青山での展覧会、夏の富士宮市での大掛かりな商店街でのグループ展、秋の宮城県での3つの展覧会と、四国・香川県まんのう町中津山西念寺への奉納、宮城県栗原市沢辺の隋洞山全慶寺への奉納、3月のタイランド王族ソムラップ殿下のご来駕。何時にも増して充実の一年でした。その分だけご迷惑をお掛けしたことが多かったと思います。誠にありがとうございました。

奥飛騨温泉郷

奥飛騨温泉郷
星見むとしずかに起こしくるるひとと
立てばオリオン 西に傾く



払暁のみ空に北斗みとどけし
佇む庭に新雪を踏む



星の空見むとて 起こしくるる女と 
佇む冬の一重が根の夜