葵祭り

京都の上賀茂神社 下鴨神社は葵祭りで賑わっている昨日今日明日。
何年か前に下鴨神社での神に捧げる茶道 と言って良いのか判らないが その神事を見学することができた。
私が里親として育てている双葉の葵がどのように使われるものか、を知った喜びはひとしおであった。
葵祭りを催行なさるみなさまはご自分のお身体の何処かに、双葉葵の葉を付けられるのでした。
髪飾りにしたり、胸元を飾ったり、帯のどこかに留められてとにかく持たない人はいないのです。
今年も13日に摘み取って郵送し、14日には上賀茂神社の係りの人からお礼の電話をいただいた。
葵の葉を食べ尽くす鹿、ここにはいないので幸いにも毎年100人位の人にわけられる数をお送りしている。
正確に数えてはいないが。
上賀茂神社で御神籤を引いたのは2005年。たぶん11月。この年の春4月8日に願成寺に50号の絵を奉納。
願成寺は東福寺の塔頭で、このお寺さん、阿保親王の墳墓そして親王堂を護っておられる。
阿保親王、在原業平 行平 のお父宮。桓武天皇のお孫宮で、第51代平城天皇の皇子。
初めてこのお寺さんにお詣りした際、私は身動きができなくなった。冷や汗が出、鳥肌が立ち
不思議が起きた。5〜6人いた他の人たちは何ともなさそう。このお寺を護ってこられたご門跡が、
阿保さん、あなたが好きらしいわ! と。で、私は“ 私に出来ることは絵を奉納することしかない”
と、「絵を奉納します」と声に出すと、かなしばりが解けたのでした。1995年の11月の事。
10年後に、すっかり新しい本堂、庫裏そして親王堂と出来上がったばかりの願成寺に、約束をした頃に
描いた絵をお納めしたのでした。
さて、その秋上賀茂神社の御神籤 第一番 大吉 「うるはしき神のみさとしあるからは 萬の願ひ叶ふとぞ知れ」
だったのです。
翌2006年4月エルミタージュ美術館に収蔵のお話があって、秋の11月3日の明治節で上賀茂神社さまにご報告。
今もこのおみくじは大切にしているのです。
この春4月桜が満開の奈良市に行き、平城天皇陵を拝するともなく拝し、これで桓武天皇、平城天皇、阿保親王、
伊都内親王(阿保親王妃・桓武天皇内親王)、在原業平さんのそれぞれの関連神社や墓陵をお詣りしたのでした。

私の絵はその後バチカン市国にも入りました。アッ、絵ではなく書でした。絵は重すぎで、手荷物出来なかったのです。
上賀茂神社さま、また参ります。しばらくの間ご報告お待ちください。

水気を切っているところです
双葉葵/世界遺産