中河与一のお墓

てんのゆうがお・天の夕顔の作者中河与一はお墓をゴッホのお墓に習った。文化勲章授賞者の建築家、谷口吉郎博士に
デザインを依頼。よく似ている。ゴッホのお墓の形に感銘した中河与一。与一からゴッホのお墓のことを聞かされた時には
まだお墓は無かったので、その形が良くは判らなかったことを思い出す。
なるほど、素敵だ。このお墓が谷口吉郎博士の最後の作品ということが、今回判った。

つれづれと空ぞみらるる思ふひと天くだり来むものならなくに  和泉式部

第一章の前に掲示してある一首。作品全体のイメージを暗示してあるものか。
作品の結末をもイメージしているものか、式部の歌を冒頭においてある。

42年前の我々のお仲人をしてくださった中河与一、少し写真を載せます。
お仲人のもう一人は大濱英子氏。大濱信泉氏はすでに亡く、
私を中河与一に引き合わせてくださったのは大濱英子氏であった。

昭和51年6月6日 左が中河与一 右端大濱英子氏
葉山マリーナにおける私たちの結婚式
無事治りました。1977年8月
箱根の別荘で、先生の壊れ傘を二人で修理中
先生が焼いてくださったパン・トーストで朝食をいただく。手前が金城
夕焼けのなかで。撮影は多田祐子
鎌倉の擂亭 1984年12月7日