作品を499点アップしました

 小品の類、昔の作品(web以前)を除いてほぼホームページ上に載せる事が出来ました。ウッカリ、題名を記録しなかった作品が幾つかありました。お買い上げの際には証明書を作りますから、幾つか遡っていきますとパソコン上に出てくるのですが、大部遡らざるを得ないので
諦め(忘)(??)で表現しておきました。忘れるとも書いてあります。オイルパステル画にはサインと共に作品の下に題名を入れてあるので、問題は無いのですが、オイル・油彩画の場合はキャンバスの裏を見ないとなりませんで、困りました。
このホームページを読まれて、ご自身が持っておられる作品の題名が無いとお気付きの方は教えて下さいね。
「夢の黒丸」という作品は、題名が判るので、編集仕直したいのに、何故か他の場合と違って動きません。

まだ油彩の小品があるのですが、500点の手前で少し休みます。編集仕直しで空いてしまった処への再編集がコレも何故か出来なかったのです。出来る時と出来ない時の違いが判らないまま、作品を追加しました。

フランスのGrand OpÉra 2013 Édition に寄せられた審査委員長 ジャン=ジャック・ブルトン氏の言葉より
フランスのGrand OpÉra 2013 Édition に寄せられた審査委員長 ジャン=ジャック・ブルトン氏の言葉より

絵が落ちて来て

 先日40年近くもハンギングしっぱなしだった絵が落ちて来た。紐が切れて、少し高いところから落ちたが、アクリル額装だったのでセーフ。下に置いてある本が受け身になってくれて、埃が落ちただけ。かれこれ一週間程過ぎて、今日鎌倉まで出掛け額装してきた。
運良く金額的にも私のお財布に合っていて、直ぐに入れて戴いた。明日から夏休みに入る画材屋さん。当分待つ事が無くラッキー!でした。
他に額装したい作品が15点程あるが、経済的に無理。で、帰宅。掲示します。

もう一点は九谷焼とのコラボレーションの時にご来場下さったお三人さまと。

誕生日の日の顔   SM
誕生日の日の顔   SM
九谷焼のお皿と原画、そしてお友達 
スマートシップギャラリー・下北沢
九谷焼のお皿と原画、そしてお友達 

第三回目・九谷焼とのコラボレーション企画作品展示

標記の展覧会が26日から始まっている。今日早起きをして下北沢まで出掛けてきました。
とても久し振りの下北沢。友人たちをご案内して、姪の娘が夏休みなので誘い、4人で素敵なレストランでランチを。
4時10分に第二回目のコロナワクチン接種を予約してあって、余り長い時間を下北沢で過ごせなかったのですが、
2時間半楽しんできました。
私が住んでいる山の上が今下水道工事中で、9時〜夕方まで全面通行止めになるのです。山の下辺りは済んでいて通れるのですが。
下の方に車の駐車スペースをかりている人が多い中、私は昼日中の外出を避けて、夕方郵便局に行ったり、買い物をしますから、
それ程不便は無いのですが、それでも夫金城の訪問入浴や訪問介護、訪問診療の点で不便なことから施設で過ごしてもらっている昨今です。
救急車も昇って来られません。9月いっぱいは続く工事です。
そんなわけも手伝って、今日一日にまとめました。
月末の銀行行きは日中にしないと、と、思案しているところです。

お皿と原画を掲示します。小さな背荷物を担いだ修業者さんの行列が空中を錫杖の杖をならしつつ、行進するという絵です。
錫杖は描いていません。説明になるからです。白い点々はパーカッション。会場で説明しましたら受けましたので、種明かしです。

九谷焼に変身の「音の結晶」
九谷焼に変身の「音の結晶」
「音の結晶」10号のスクエア
「音の結晶」10号のスクエア
過去の九谷焼より
過去の九谷焼より

「バラ色の道」ワインラベル

昨日、7月1日。ロートレック没後120周年を記念したアートラベルのワインが届けられた。〜ENISHI 〜 と名付けられた蔵元シャトー・マルメロと、フランス政府芸術文化勲章を叙勲されておられる造形作家で東京国立博物館名誉館員の長谷川栄氏、そして企画会社20G の企画である。
二本組で、一本はロートレックの絵「Divan Japonais」。

ツールーズ地方を訪問した際にロートレックの館も訪問した。
ワインのラベルは蔵元並びにワイン博物館やベルシー美術館に特別収蔵されるという企画。ベルシー美術館には多田祐子作品の3作品が収蔵されることになる。日本酒のラベル、シードルのラベル、ワインのラベル。一点じゃぁないところに喜びがある。
賞が付いてきて、「百合の花」金賞とあった。掲示します。

左ロートレックの代表作  右「バラ色の道」
左ロートレックの代表作  右「バラ色の道」
賞状
賞状
訳文
訳文
箱に押されたシャトー・ツールーズ・ロートレック
蔵元の烙印
箱に押されたシャトー・ツールーズ・ロートレック

をんなの時間さまざま・ⅩLⅠⅠ

 手作り豆冊子「をんなの時間さまざまⅩLⅠⅠ(42)」が出来た。81首収録。
そろそろ発送作業をしたい。が、切手代が無い。少々お待ち下さい。
表紙と裏表紙は1990年にニューヨークで制作した「マンハッタン」20号、それに1992年に制作の「They Talk」20号サイズ。
ふたつとも、多くの作品をコレクトして下さっているタナカトモコ氏収蔵から。

お供なり お礼参りが出来ぬほど遠路の神さま ただ通りゃんせ

わがことを三十一(みそひと)にして安定を保つほとんど病ひなるらむ

わかみどりドボルザークの新世界しづかに流し君の脈看る

    手作り歌集より3首

をんなの時間さまざまⅩLⅠⅠ  表紙と裏表紙
をんなの時間さまざまⅩLⅠⅠ  表紙と裏表紙

小松孝英氏

 昨日の毎日新聞夕刊に大きく小松孝英氏の映画監督としての記事が載っていた。懐かしくて、ブログする。
小松孝英氏とはクアラルンプールでのアートフェアー・プラス で、お会いした。勿論初めてのお目通り。
小松孝英氏にはキットお名刺を戴いたのでしょうが、2015年の春から夏、秋と多忙を極めた頃で、箱入りのまま整理が出来ていない。
6月のパリーでの展覧会、クアラルンプールでのアートフェアー・プラスへの前の、イタリアの旅。これは法王さまへの献上の旅で、成田到着から、成田のホテルに泊まり、そのままマレーシアに飛んだ。
パリのルーブル美術館地下・カルーセル・ドゥ・ルーブルでの展覧会を覧て、一枚オイルパステル画小品を購入したという、マレーシアの方から、アートフェアー・プラスの会場を真ん中に取りましたから、という連絡。私の都合なんか問題にしていない状態で、時間的に、金銭的に小品しか出品出来ないなか、オイルパステル画と油彩画の小品を準備。イタリアに旅立った。

マレーシアのアートフェアー・プラスは時の皇太子殿下主催。
マレーシアの要人の方々がご来場の時間帯には到着出来なかったが、日本語で、おはようございます、が皆さん通じたお国。
会場の真ん中に小品ばかり飾って、マレーシアの豪華ホテルに泊まった。メガネの置き場所探しに時間の取られたほどの広い部屋。
何枚かオイルパステル画を制作した。

ここの会場でお目に掛かったのが、小松孝英氏。日本人は私と小松氏だけ。
私の会場まで来られて、アジア諸国での国際アートフェアー参加のことのお話しを伺った。
新聞夕刊では映画監督としての記事だが当然アーティストということの紹介もあって、連絡が出来ないので、ブログすることに。

多田祐子のこのホームページにお気が付かれることを祈ってブログします。

ここ2ヶ月間、このブログのせいでしょうか、インドネシアの方々の訪問が多いのです。
ただ日本語のみの表記のため、直帰率100%。小松氏はインドネシアでのアートフェアできっと有名なのですね。

2015年9月12日/クアラルンプールでのアートフェアー・+にて
35才の小松孝英氏と多田祐子(多田祐子の作品の前で)
2015年9月12日/クアラルンプールでのアートフェアー・+にて

小松市

 5月16日日曜日に小松市の安宅住吉神社にお供ということで参詣した。難関突破の霊験あらたかな神さま。
5月19日のブログにも載せたが、ここの神殿に別雷の神、上賀茂様が相殿なされておいで。京都の上賀茂神社には毎年のように11月3日の
明治節をお祝いしてきた。また、葵祭りの日には育てている双葉葵の葉をお届けしている。
2005年の秋に一ノ宮の一の宮上賀茂神社で「一番の大吉・麗しき神のみさとしあるからは 萬の願い叶うとぞしれ」とのお神籤を引いたのでした。そして翌年の4月、エルミタージュ美術館収蔵があったのです。今エルミタージュ美術館をはじめ、シエナ市美術館、バチカン市国、日光東照宮と世界遺産の四ヶ所を含め、21ヶ所に収蔵されるという幸運がもたらされました。ワインラベルの収蔵とあわせると24ヶ所になります。
 およそ50年程前になるが、北方領土返還オルグで、マイクロバスに看板を載せ、青木湖の宿泊施設に泊まって金沢市を通過、小松の海岸で
休憩したのだろう、海の前での写真がある。この時には安宅住吉神社には参詣していない。
 5月の参詣の時に思いだして、写真のことも探してみようと思い立った。
あったので、掲示します。総勢13名。名前が判る人は2名のみ。内女性が一人。乱暴な運転をしていた人は、我々の結婚式にお呼びしたかた。
学外活動の一貫だったので、あるいは52年前頃になるかも、といった具合です。

学外活動のオルグ・50年程前
学外活動のオルグ・50年程前
小松市の安宅住吉神社そば?の海岸で/ 撮影はどなたかしら?
小松市の安宅住吉神社そば?の海岸で/ 撮影はどなたかしら?

『ロートレック没後120周年記念〜ENISHI~』展へ

 久し振りに銀座へ。上記の展覧会が銀座アートホールであった。銀座アートホールは1990年の8月「ポール・アンビーユと俊英作家展」が開催された画廊で、ここで出会った女性とのご縁でニューヨークでの展覧会、個展がその後9回開催という運びになった場所であった。ニューヨークでの展覧会はグループ展を含めると15〜16回だろうか。10回ニューヨークに訪問した。画廊主のMr.Jainには滞在中宿泊や食事のお世話を戴いた。この件はまたあらためて書こう。
 ポール・アンビーユ氏はお亡くなりだが、フランスの画壇の重鎮であった。葉山の我が家にもお越し戴いたが、丁度祭りの日と重なり、御神輿をかついで戴いた写真がある。夫の誕生日の日が明日という日で、ドンペリを開けてお祝いをしても下さった。鎌倉八幡宮へのお参り、近代美術館や、棟方志功美術館にもご案内。近くのお蕎麦屋さんで昼をしたが、なんとも良い思い出である。
 ロートレック没後120周年記念〜ENISHI〜展では、ワインのラベルが「シャトー・マルメロ・トゥールーズ・ロートレック」のアートラベルとして起用されるというもので、ワインのラベルはこれまでに何本か起用されたが、「シャトー・マルメロ・ツゥールーズ」並びにワインの美術館、さらにはパリ12区のベルシー美術館にも収蔵されるとあって、ベルシー美術館には既に、日本酒のラベル、シードルのラベルが収蔵されているので、お受けした。日本酒は『月・うさぎ』、 シードルは『海辺の調べ』で今回は『バラ色の道』という1990年頃の作品。
ニューヨークでの展覧会に運び込んだ作品50号のスクエア。今は金城が建ててくれた倉庫に保管中である。

 1997年9月のフランスにおける日本年記念ミヨー日仏芸術と音楽の祭典でミヨー市を訪問した際に、カルカソンヌやトゥールーズ、そして
アルビにも足を延ばした。アルビでは「アルビの広場」という作品が出来、一番はじめに、ワインのラベルの話があった際に起用していただいた。ギリシャからの出版。ロートレックというので、「アルビの広場」にしようと考えたが、既に使っていたことを思いだし、確認。
「ダイアナ」も既にラベルになっている。
 『バラ色の道』を掲示します。 余談ながらただ今は「いばらの道」です。

展示会場で
シャトー・マルメロ・トゥールーズ・ロートレック のアートラベル
展示会場で
『バラ色の道」50号のスクエア (116.7cmx116.7cm)
『バラ色の道」50号のスクエア (116.7cmx116.7cm)

はみ出し紫陽花

道路にはみ出している紫陽花を四本切って、花瓶に活け、お砂糖で咲かせた。
花壇の紫陽花がまだ咲かないが、家の中の花瓶で咲いている。
アジサイの本で調べると、「花火」という種類らしい。
八重の白い花のような萼。

隣に色付いているのは、フラミンゴ、か?日に日に濃いピンク色変わる。

はみ出しを砂糖で咲かす 花火とふガクアジサイは花壇で切られ

フラミンゴ?
日に日に色が変わる
フラミンゴ?
お砂糖で咲かせた「花火」
お砂糖で咲かせた「花火」

紫陽花が色付きました

我が家の庭。花壇の紫陽花が色付き始めています。
隣のサツキにも少しですが花が咲きました。まだまだたくさんあるのですが、咲いてくれるかどうか危ぶまれます。
何しろ剪定が季節外れになっていますから。
来年は、と思い先日横須賀のホームセンターまで肥料を買いに行ってきました。まだ施してはいません。近日中にはと
思います。
夏みかんにも二度目の肥料をあげましょう。

先日血管が切れて入院中の夫金城は、明後日退院です。二本傷が出来て、一本は傷が浅かったのでそのままにしています。傷が深い方は電気メスで焼いたそうです。内視鏡での手術で、翌日の手術は念のためで、クリップ二本で留めたということでした。大事にならずに済みました。面会が出来ずにおりますが、今日は帰宅の準備です。

奥がサツキ
奥がサツキ
紫陽花
紫陽花